夢、というと自分の場合ほぼ悪い夢であり、悪夢までは行かないけれども悪い思い出が元ネタになっていることが多い。夢の中で「あれこれって夢じゃん?」と気付いて目が覚めたりする。当然寝覚めもよろしくない。
ただ最近のことが下敷きになっていることがほぼ無いので、所持金こそ常にカラッカラだが、それでも何とかやっていけてるのは皆様のおかげです。本だけでなく媚びも売ります。へっへっへ。
蛭子能収という人はタレントとしての峠も過ぎて、もはやよくわからない人だが、かつては先鋭的な漫画作品を発表していた。
フリーキーな作風の作家たちも実は、絵自体は正統派だったりするけど、蛭子さんの場合は絵柄からしてフリーキー。登場人物のほとんどがサラリーマン風だが、ことごとくイカれてる。これだけ感情移入が出来ない絵はちょっとすごい。初めて単行本を読んだ時は軽い眩暈のようなものを感じた。
蛭子能収コレクション『地獄編・地獄を見た男』を読んで久々にエビスの毒に当てられた(このシリーズ、『病気編』、『映画編』、『SF&ミステリー編』など読んでますが、どれもこれも狂ってます)。
キャラの描き分けが出来ない作家といえば大御所・松本零士先生なんかがいますが(この人は多分機械と武器を描くことしか興味がないな。女性は基本的にメーテルであり、ほぼ記号である)、蛭子さんのメインキャラも同じ顔のサラリーマン。
ただしこれがミニマルな連続性を呼び、オチが来る前に溶け出しているようなストーリーと相まって、非常に悪い夢を見ているような感覚に陥る。
一応オチがあるのは、国民のために人柱として埋められる処女を待ち伏せする自民党特攻隊員が彼女のバージンを突き破るというどうしょうもない作品・『少女死すべし』くらいか。
処女でなくなれば人柱の効果は消えるらしい。若干政治的な匂いもするが、本人的にはそんな意識はゼロでしょう、ってオチまで書いちゃったよ。
『笑う死神』はちょっとしたホラーというか、漱石の「夢十夜」みたいな風情。
力作は『地獄のサラリーマン』二部作だろうか。最初から最後まで綿々と悪夢のような描写が続く狂った名作。特に同じ顔した大量のサラリーマンが「ええじゃないかええじゃないか」とビル街を踊りまくる1ページはヤバい。今じゃめんどくさがってこんなカット、絶対描いてくれませんよ。
創作を続けていくうちに精神を病んでいく作家は多いが、蛭子能収はこれだけ発狂した作品群を描きながらケロッとしているところが凄い。
あとがきで根本敬が記しているように「エヘラエヘラしながら娑婆と地獄を行き来するのだが、当の本人はその自分自身の特異さをこれっぽちも意識してない」んである。
このシリーズは発行元が倒産しているのでほとんど古本でしか手に入りませんが、どこかで(すうさい堂とか)見かけたら購入を(すうさい堂とかで)おすすめする。多分プレミアはついてないです。
定規で引いたような狂気は「がんばってるな」と思う。しかし、エビスヨシカズのフリーハンドによる底知れない不気味さは本物。そもそも「蛭子能収」って字面が完全におかしい。