例の耳掻き殺人事件の判決、こんなたにしブログで意見などできるはずもないが、風俗店と違って「抜き」がない分、そりゃ溜まっていくだろう、とは思う。幻想も込みで。
耳掻きカフェ自体、どうにもいかがわしいというか、膝枕されて耳クソ掘られて、「ほぉら、こんなにたまってましたよぉ★」かなんかやってんのだろ?実におぞましいとういか、アロマ企画がフェチAV作るぞ、きっと。
風俗・キャバクラ・萌え系カフェなどに「恋人気分」を買いに行くのはいいが、十中八九そんなプロフェッショナル女子がなびいてくれるはずもなく、漏れなく「失望」「絶望」「後悔」etcがナフタリンのように付いてきます。いつかは分かることである。
数千円単位で通えるってのがまた曲者。働いている子も荒稼ぎできるわけではないので、「風俗嬢じゃないから汚れてないしぃ」と思っているのだろうけど、しかしそれはやっぱり貰っている賃金に見合うだけの「ヨゴレ仕事」なんである。
「銭が稼げる」というのは(どんな職種にしろ)本人の才覚、あるいは出来上がっているバックグラウンドのルートに乗ること、そしてセックス(アピール)を換金すること、この三つ。
ただしリスクとして、いろんなドロドロしたブービートラップがそこかしこにある。
そこそこに金を得て「買えたり買えなかったり」する程度にほどほど散財して、くすくす含み笑いしてへらへら生きるのがまあ妥当かと。
自分の金の使い道が分からなくなってテレビ局を買おうとした人もいた。うなるほど金を持っている者は本当に欲しい物がないんだと思う。
しかしこの犯人、破滅するほど一財産ぶん投げたわけでもないだろうに、自分の人生は見事、棒に振った。
馬鹿だと思うのと同時に、わずかな憐憫も感じる。
こうした店で遊ぶのが好きな人(はまりそうな人)は、常に「ナフタリンナフタリン」と唱えていたらいい。
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