さて、続きです。
(ちなみにこの文章は町田康氏の『猫のあしあと』『猫とあほんだら』を続けて読み痛く感動した店主が、そのテイストをインチキくさく真似して書いています)
ヂルは愛想なしである。人間が猫にされてもっとも嬉しい行為、「すりすり」を一切しない。
最もあれも親愛の情からではなく、自分のにおいをこすりつけて「所有権」を主張するための行動らしいが、それにしてもねえ。すりすりするのはパソコンや机の角ばかり。答えは簡単。角ばっているから気持ちいいのである。合理的。
しかしながら外から戻ると「いま触ることはやぶさかでないよ」とごろんと横になる。私はここを先途とばかりに触りまくり顔を突っ込む。一応猫なのでごろごろ言う。耳を当ててその「ごろごろ」を聴くのが好きである。
この前は何か気持ち良すぎたのか、ごろごろを超えてぶーぶーぶーぶー言ってました。
ところで愛想の良い猫に対して人間は「良い猫ちゃんですねえ」などと喜んだりしているが、猫にしてみればごろにゃんすりすりをしたいからしているだけであり、したくない者はしないだけであって、別に人間の都合などどうでもよいのである。ゆえにすべての猫は「良い猫」である。
でかい。重い。骨格が大きいのだろうが、特にヒップのラインがでかい安産型。とはいえもう子宮ないもんねえ。
カリカリを好み、缶詰はあまりお気に召さない。刺身すらそれほどでもない。が、大好物がありまして、それはなにかと言いますと何度も書いてますが「スライスかまぼこ」。ハフハフ音を立てながらお食事をされる。
「はふはふっ。この薄くてひらひらしたものはなんて美味しいのでしょう。もっと一日に何度も食べたいのに。それにしても。はふはふっ」と、もう桃源郷。
主に呼び戻すときに出すことにしている。百パーセント戻ってきます。
ああそして飯をねだるときも愛想がない。空になった皿を見つめ、さらに私の顔を見つめ「ん~~~」などと鳴き(口を開けて鳴かないので「にゃー」の発音にならない)、「なぜここにいま現在食べ物がないのかしら。それはどうなのちかなあちょっと。問題じゃないのかなあ。今すぐ出さないと首も有り得ますよ」とでも言いたげに、流しに置いてあるお皿をかしゃあああんと落とす。
そんなかんじでのんべんだらりと、こちらと隣のお店を行き来してあっちで寝たりこっちで寝たり、時に私の腕に噛みつき大出血させるなどして楽しく暮らしていたヂルだが、今年の三月から約二ヶ月間、行方不明になった。
去年も一日姿を消したことがあったのだが、これはちょっとやべえんじゃねえの?ということでチラシやポスターを作って頂いたり捜索して頂いたりと大事になってしまった。情報はいろいろ貰ったのだがすべて別件で、その姿は杳として知れず。
黒猫が事故にあったとも聞かないので恐らくどこかで飼われているのだろうと思っていた矢先、杉並区からそれっぽい猫を一ヶ月保護しているとの連絡が。
そのご家族の父上様がすうさい堂の裏側にある病院に入院しており、ふとうちの前を通ったら探し猫のポスターが目に留まった。そちらが探している猫らしき子を保護していますとのと電話を頂き、特徴のやりとりをしていたら見事ビンゴ。首輪のスタッズベルトなどが決め手になった。
(ちなみにそのご家族も猫三人と同居しており、ヂルはその中の黒猫・マサオさんに似ていたため「マサコ」と呼んでいたとのこと)
そんなわけで無事に邂逅したのだが、どクールな我々は涙を流さない。ロボットだからマシンだから。じゃなくて、やはり収まるところに収まりましたね会長、そのようだね手下、と目で会話した。
しかし。物凄く強運な猫である。この確率、ちょっと普通じゃありえませんよね会長、そうだねえ手下、いやだから手下って言うな。
今は首輪に貢物のネームプレートと探知機を付け、ぴぴぴぴぴと鳴らすと何さ何さと戻ってくるようになり、すかさず例のブツ、スライスかまぼこを差し上げるとむっさむっさ喰らいつきコントロールし易いことこの上ない。
そして保護先のご家族がなかなかのアート一家でいらして、ヂルに会いに来てくれるついでに何かしらお買い上げして頂いている。この辺もヂルの吸引力の成せる業か。おまえの強運を俺にくれやあ(BYなきのりゅう)。
その前の一ヶ月間は本人が黙秘権を行使しているためいまだに分からない。
そしてこれはプライベイトに関わる話なのだが、ヂルとはいえ猫であり生きものなので当然、排泄はする。
普通の猫はトイレを覚えれば砂をかくことも覚えるのだが、ヂルはいまだにそれができない。
トイレの端を引っ掻き、トイレットペーパーをからからからと引っ張ってそのものを隠す。
今までは、なあぜいつまでたっても砂をかくことを覚えないのか会長はやっぱり阿呆だなあと手下は思っていたのでしたが、ひょっとしたらそれを汚いものと認識していて、「ああもうまたこんな汚いものを出してしまった。ああもう。触りたくない。嫌だ嫌だ。何とかならないものかしら。あっあんなところにちょうど平ぺったくてカサカサしたものが。これで隠せるのでは。からからから。隠せるわ。隠してしまいましょう。からからから。からからから」と、やっているのではなかろうか。と思い始めたら、そうなんじゃないかという気がものすごくしてきた。彼女ならば有り得る話。
相変わらずトイレの蓋に乗って、手洗い口から流れる水を飲むのが好きだ。
うちではそれを「ドリンクバー」と呼んでいます。あにゃにゃ。