ジャルダン吉祥寺のすうさい堂は本日で最終日であります。今日は9.11ということで世界中が追悼しているのでついでにぼくも、という魂胆であります。
シン・テンポは今あるところよりもうひとつ裏の通り。あさひ病院~ライブハウス「ワープ」の並びにあるマンション「サンスクエア吉祥寺」201号。
写真でもわかるように窓が見える、通りに面した二階。一階は沖縄料理店「琉球」、地下にはジャズバー「スカラベ」が入っています。
角部屋、上は屋上、下は駐輪場、という独立国家。しかも昼間は自然光が入るというさわやか物件。
なんなら自分、光合成しますけど。思えば今まで陽光なんて浴びたことがなかった!
で、これが問題といえば問題なんですが、単なる普通のマンションなのであります。今までよりさらに狭くさらに入りにくくなります。
最初に内覧したときは「むう。こりゃ単なる1k」と思ったのだが、「まあなんとかなるっしょ」という、消極的なディーアイワイ精神でがんばる(あとエフユーシーケー精神もだいじ)。
ヂル会長も連れて行きます。大家さん公認です。
経緯を少々。ポンコツ店などをやっていると定期的に鬱になるのですけれども(「こんな店やってて自由でいい」とか言ってる者はバケツ持って廊下に立っとれ!)、「もう路面店なんかやめて引っ込む」モードになり、近くの五万円以下で住めるマンションを下見したわけです。
(ところでゼロゼロとかゼロイチ物件なんてのは、ぼったくりバーのようにあれこれ加算されて、初期費用が結構な金額になっていく。おすすめできません)
で、ちょっとげんなりしつつ物件の部屋から出たところ、知り合いの塾の先生にばったりと遭遇。
先生いわく「わたし、その部屋に住んでました~」
もう店やめる、の意を話すとありがたいことに「こういう文化は残さなければいけない」(ここ大事です)と言われ、「自分が借りている教室は家賃が安いから、いま空き部屋があるからそこで再開すればよいのではないか」と急転直下な展開になり、大家さんに紹介して頂いた、というわけです。
先生の信頼度のおかげでめちゃめちゃリーズナブルな賃貸契約になりました。感謝です。
まあ自分の普段の生活は激しょぼで、頼むから誰か交替してくれ!!と絶叫したくなるくらいなんですけど、ここぞというタイミングで「エースのカード」を引くことが非常に多い。
割りと昔からそんな風で、それだけでどうにか生きてると言ってもいい。運は小出しに使うタイプ、ということかもしれない。思えば行方不明になったヂル会長と再会した件もそんな感じだった。
もはや食える食えないは完全に問題外で、損得は関係ない。収入源は別にある。ま、良い子は真似しないように。人生棒に振ります。
「女囚さそり風看板」がさらにボロボロになるまでまだやれ、ということらしい。バウスシアターやビレバンがなくなってもすうさい堂はまだあるんだから、笑っちゃいますね。
自分は自分が世界一大嫌いで(アベシンゾーよりも嫌い)、「どーせオレなんかいつか自殺するんだから」と思っていたのでついうっかり名付けてしまったすうさい堂という屋号なのだけど(ということを初めて書いてしまったあ)、おかげさまでなんとか生きてるっぽい。
もしパラレルワールドがあって、実家で普通に暮らしてる自分がいたとしたら「お前もう死んだほうがいいよ、いいことなんかなんもないぞ」と言ってあげたい。痛々しすぎる。
将来のことはなんも考えてないけど、一度も自殺未遂をせずに、ごはんもちゃんと食べてる。
十代の頃はこんなに自分が「長生き」するとは思ってなかった。こっ恥ずかしいついでに書くと、本当に欅坂の『月曜日の朝、スカートを切られた』の歌詞みたいなことを毎日考えておったのだ。スカートは履いてなかったけどさ。
とりあえず「良し」としなければいかんらしい。
ところで「すうさい堂」と「あるでん亭」はセンスがまったく同じだと思う。駄洒落だし。
違いは考えた人の頭の中が「ちゃんとしてる」か「腐ってるか」ってこと。
このあとには練馬区にあるレコーディングスタジオのオーナーが経営する、会員制レンタル機材スタジオが入ります。ハモニカ横丁から移転した猫雑貨・マルルゾロさんも並びで新規オープンしてますね。
ジャルダンには十四年もいたのだなあと、ちょっと感慨深いようなことを書いてみるが、嘘をついてもしょうがないのであって、感慨とか正直全然まったくない。早く引っ越したい~、と思うのみであります。
暫定的ラストメッセージ。履歴書に書きました。真っ白なものは汚したくなるのである。
十四年間ありがとうございました。