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すうさい堂の頭脳偵察~ふざけてません。

【すうさい堂最新情報/極私的ツイッタァ】 ■■ 2017年10月13日(金)13時より移転オープンしました。■吉祥寺本町1-29-5 サンスクエア吉祥寺201 ■0422-27-2549 ■土/日/祝日のみ営業

GGアリンという死にかた



『真っ白なものは汚したくなる』とは欅坂46のファーストアルバムにして歴史的名盤なのだが(結局タイプBも買ってしまった)、いまやレア・アイテムであるGGアリンのドキュメンタリー『全身ハードコア』(2008)を観ていたら、なぜかこの言葉を思い出してしまった。
GGアリンとはパンクロッカーで、手がつけられない過激なライブが有名で、36才でドラッグで死んだひと。
手がつけられないとはそのまま「触れたくない」ということであって、全裸で血まみれは当たり前、ステージで脱糞しそれを体に塗りたくって客席に突っ込んで行く、という狂気の沙汰を繰り広げていた。
しかも中にはその状態のGGをどつきにかかるツワモノもいて、やっぱりアメリカはすごいなあと思う。
流血にしても剃刀で切り裂くとかじゃなくて、あの硬いマイクロフォンで自分の頭をぶん殴る。
彼の中では流血がないとライブとして完成しないようで、時々イライラしながらマイクで自分を殴っている。これを毎回繰り返しているのだから、後遺症がないわけがないと思う(でも、それが出る前に死んだから、まあよかったんではないか)。
血と糞が混ざるのであるからやはり「敗血症になる・・・」なんてことも考えてしまうけど、実際そういうことで何回も入院しているらしい。
日本でも「財団呆人じゃがたら」の江戸あけみや「ザ・スターリン」の遠藤みちろう(当時の表記による)なんかも近いパフォーマンスをやっていたが、段々それを求める客に嫌気が指して、音楽のみで勝負するようになる。でもGGアリン、根本が違う。映画でこんなことを言っている。
「俺はパフォーマンスって言葉が大嫌いだ。全部リアルだ。俺の生き様なんだ」

キラキラネームという言葉があるけど、GGの本名は「ジーザス・クライスト・アリン」という究極のキラキラで、かなりの変人だったらしい父親が名付けた(後に母親がまともな名前に改名)。
その父親の影響をもろに受けた少年アリンはどんどん屈折してあらゆるものを憎み、スキンヘッドにメタボ体型のパンクロッカーとして完成されていく。酒とドラッグの放蕩生活でたるたるになった裸を汚物まみれにして歌うのは、残念ながらイギー・ポップのようなグッド・ルッキンさがGGにはなかったから。
ついで彼の股間についてる一物はかなり極小。普通なら女性に超バカにされそうなものなんだけど、ライブでワイルドに振る舞うことによってグルーピーまで出来てしまうという、逆転の発想。
「ライブをやっていなければ大量殺人者になっていた」と明言し、世の中のあらゆるものを分け隔てなく憎む歌「どうせ死ぬときゃみんな死ぬ(バイト・ユア・スカム)」がスタンダード。
ファン代表の友達いなさそうなオタ青年はこう言う。
「GGアリンのライブはオバケ屋敷みたいで最高に笑える。GGが暴れ始めたら俺は背後に立つんだ」
演者と観客の垣根をぶっ壊すライブは、寺山修司が見たら感動するんじゃないか、という気もする。

GGがテレビ番組に登場した映像も収録されていてこれがなかなか傑作。
司会が「なぜあなたはステージで排泄行為をするのか?」との質問には「俺の体はロックンロールの神殿だ。信者には体液や血液を与えるべきだ」と答える。自分こそがロックンロールだ、という信念には揺るぎがないのである。
一方で(GGに嫌気が指して)バンドを辞めた若いギタリストはこう言う。
「アリンは宗教でも始めればよかったのに、あいつはライブをやるだけだ。ステージで自分のクソを食ってる」
この兄ちゃんは「顔を殴るくらい俺でも出来る」と、自分で自分を殴り始めるんだけど、ついカメラの前で「血、出てる?」と言ってしまう普通の人。ここは映画のオチに使われた。はっはっはっ。
ドラマーも全裸でステージに登場する。「服着てると擦れてヒリヒリするんだよ」。こいつも相当イカれてる。
ベースは実の兄、マール・アリン。この人も筆みたいな鼻ヒゲでスキンヘッドにタトゥーだらけという特異なルックスだが、メンバーではまともな部類。「弟のタトゥーは酔っぱらいに適当に彫らせたやつだが(ほぼトイレの落書きレベル)、俺は金を払ってる」と言うくらいまともだ。
GGは「ステージで死んでやる」と、公開自殺宣言も有名なのだが(実現ならず)この兄貴は「あいつがそうしたいんなら仕方がない」と、弟の自殺願望すらも肯定する。
ちらほらとGGをリスペクトする発言も多いし、きっと本気で弟のことを世界最高のロッカーだと思ってる。
(特典インタビューでは、彼への愛情を思い切りぶちまけている)
この薄汚いドキュメンタリーから浮かんでくるものは、実は兄弟愛だったりする。
バンドの名前は「マーダー・ジャンキーズ」。バッカみたい。

最後は葬儀。GGの死体が映る。発見されたときのままの、泥まみれの姿で。
恐らく兄貴マールの「汚れて生きてきたんだから、最後も同じように見送ってやろうじゃないか。こいつはGGアリンなんだぜ?」という粋な計らいだと思われる。
「普通のロックスターみたいにドラッグで死んだ」とアナウンスされるけど、この茶化しは監督から主演へ、ねぎらいの言葉なのだろう。
GGアリンが素でインタビューを受けるときは必ずサングラス着用で、フードまで被っていたりするし、弾き語りでカントリーも歌う(これがいいんだ)。確実にシャイな面も持っていた人だと思う。
「俺は完全に自由なんだ」「ロックンロールに制限なんかない」と繰り返し発言し、それを極端な形で最後まで貫いたわけで、殿堂入りはとりあえず置いておいて、これはこれでアリなんだろう。
そういう風にしか生きられなかったから不幸だったのか、そうやって生きられたから幸福だったのか。
どっちでもいいけれど、確実に自分のコンパスはあったということだ。
本作は50分。原題は『HATED』。ファストに生きた人にはこれぐらいの長さがちょうどいい。
初見は渋谷のシアターNで、ザ・クランプスの精神病院ライブとの二本立て上映『TRASH ROCKIN PICTURE SHOW』(よくやったな、これ)であったが、シアターNもクランプスも、もうないのだった。
ところで欅ちゃんの『エキセントリック』の歌詞がGGのことを指してるみたいで、非常に困るのであった。

「理解されないほうがよっぽど楽だと思ったんだ」「他人(ひと)の目気にしない 愛なんて縁を切る」
「はみ出してしまおう 自由なんてそんなもの」


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地獄上等ダムドダムドダムド



『地獄に堕ちた野郎ども』鑑賞@新宿シネマート。
ザ・ダムドのドキュメンタリー。冒頭の『ニート・ニート・ニート』でいきなり上がる。
ブンブン唸るベースのイントロが強烈で、あまりベースソロが重要視されないパンクにおいて特筆すべきナンバー。
初期のライブにおける、ドラムセットはおろか、ステージにあるものは何でもぶん投げる大暴れ。
実はこの「クレイジーさ」というのが、当時のパンク・バンドにはあまりみられないセンスなのだ。
クラッシュは生真面目だし、弱っちいはずのジョニー・ロットンは真面目に目をひんむいて叫び虚勢を張ってみせた。
(本来はマイナス要素の「矯正し忘れた歯並び」や「猫背」などをカッコよさに転化させた、彼のマジックは永遠だ!)
ファースト『ダムド・ダムド・ダムド』はあれだけ騒がしい音なのに、マッチョさのかけらもない。
マッチョさ皆無という部分も重要で、どんどんマッチョ=ハードコア化していくパンクシーンとは確実に距離を置き、どこまでも洒落者。
彼らにとってパンクとはジョークでもあり、それはケーキでグチャグチャになったり、全員が紙袋を被って立っていたりの(なぜかそれが恐ろしく決まってる)ジャケット・センスにも現われる。
「抜けたりくっついたりを繰り返しつついまだに現役」という節操のないイメージもある彼らだが実は、ってのがこの映画のミソ。

金の問題や人間関係の不仲などでかつてのオリジナル・メンバーはデイブ・ヴァニアン&キャプテン・センシブルとブライアン・ジェイムス&ラット・スキャビーズの二手に別れている。
シビアだし、切ない。ああまたこれかと思う。パンクのドキュメンタリーは「切ない」のである。
ピストルズ、ジョー・ストラマー、ラモーンズ、ジョニー・サンダース、ニューヨーク・ドールズ、シェイン・マガウアン(ポーグス)、GGアリン、アナーキー、遠藤ミチロウに至るまで(しかし観倒してるな)同じ感触を感じるし、ランナウェイズ、ジャームス、ジョイ・ディヴィジョンの『コントロール』のような伝記映画も然り。
どこかに切なさ(刹那さ)を内包しているのがパンクであり、自分にとってそれはとても繊細なものだ。
特にそれを感じたメンバーがキャプテン・センシブルで、この人のガキっぽさとかイノセントさは一体なんなんだろう。
ゆえに暴言や安直な行動でバンドを混乱に導きがち。彼が実質上のリーダーなので、そりゃバンドもひっちゃかめっちゃかになるわな、とも思う。
ただもうメチャメチャいい顔をしている。かなりいい年だが赤いベレー、紅白のボーダー、忘れちゃいけないバードスーツの着こなしなど、本当にカッコいい。ステキに年を重ねるとはこういうこと。
口髭を蓄えたデイブ・ヴァニアンは「太ったヴィンセント・プライス」という感じ。あの体型で朗々と歌われたらそれはそれで認めるしかないでしょう。
彼は一度もズタボロのパンク・ファッションをしていたことがない。初期のベラ・ルゴシ風ドラキュラメイクはパンクの精神をジョークで表したものだと思うし、ビジュアル系として売り出していた頃は超絶美形。
茶目っ気が多いようだがやはりこの人はちょっと謎。
ラットとブライアンは女性ボーカルを立て、一緒にバンドをやっている。ライブシーンも少し流れたが「あっファーストのあの音だ!こっちのほうがむしろダムドじゃん!」と思ったくらい、再現率が高い。二人とも現役バリバリなのである。
でも、この四人が同じステージに立つjことは多分なさそうだ。若いもんがかなわないくらい、すごいライブができるはずなのに。
ラモーンズはみんな死んじまったが、ダムドは呪われながらも(金がない、評価されないとかブツブツ言いながら)全員生きている。減らず口が元気の証であり、どうしても衝突してしまう部分でもあるのだろう。

映画の最後に流れるのは『イグナイト』。中期の『ストロベリーズ』(ブタさんの頭にちょこんとイチゴを乗っけている。こういうセンスがダムド)の一曲目で、アルバム自体がそうなのだがパンキッシュでゴージャスで、なんともカテゴライズできないナンバー。
サビの「We’re gonna have some fun tonight」は彼らの精神性を表していると思う。
ファン・パンクはあまり好きじゃないのだけど、ダムドにはモンティ・パイソンに通じるような「シニカルなバカ騒ぎ」を感じる。
ファーストと『マシンガン・エチケット』ばかりじゃなくてポップスやプログレ風も取り込んだ『ザ・ブラック・アルバム』もちゃんと聴くべし。「こういうのもロックンロールだ」と、発見があるはず。
ヴァニアンが舵を取ったゴシック/ビジュアル時代にも好きな曲がある。
セカンドはもーちょっと、気が利いたジャケットであれば、もーちょっと評価されるのではないかと思う。
今の気分でベスト・オブ・ダムドはストロベリーズに収録の『ライフ・ゴーズ・オン』。
どうやらまだ人生は続くようなので、地獄はもう少し先の話。

監督は『極悪レミー』を撮ったウェス・オーショスキー。レミー・キルミスター氏は死んじゃったが、こっちも最高。この作品を観てレミーを好きにならない奴は信用できない。






ミチロウの車窓から



65才にして、現在進行形。遠藤ミチロウのドキュメンタリー『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』を鑑賞(@新宿k’sシネマ)。
還暦ツアー中に起こった3・11。それをきっかけに、ミチロウがこれまで顧みることのなかった故郷・福島へ向かう足取りを辿ったロードム-ビー。
いきなりミチロウが実家の玄関を開けるオープニング。そして「おかあさん?おかあさ~ん」。
これは自分にとってはちょっと衝撃映像で、かつて「鋼鉄の人」という名のバンドを率いた男が、普通の息子として実家に帰省している。
母上様は健在。仲むつまじい親子だが、「ザ・スターリン」時代に息子がやらかした様々な悪行を、母は知っている。
これは上映後のトークショーでミチロウが話していたのだけど、変態バンドとして名を馳せたイケイケ時代のパフォーマンスが週刊誌を通じて地元に伝わって、「遠藤さんのとこの道郎くんは気が狂った」と近所で評判になり、しばらく勘当されていたらしい。
息子「(電話で)週刊誌とオレとどっちを信用するんだ?」
母親「週刊誌!」

個人的にこの作品の目玉は、大阪で行われた還暦記念のスターリン復活ライブ。開演前のステージには爆竹が鳴りまくり、パンクスがすでに暴れている。バンドメンバーは全員、口元を赤い布で覆っている(爆裂都市!マッドスターリン!)。わかってらっしゃる!
ミチロウが登場して「悲しいお知らせがあります」と、元ギタリスト・タムの訃報を知らせる。
全員黙祷のあと、例の「サイレン」が鳴る。あとは無礼講。ポリバケツから豚の内臓を客に投げまくるミチロウ。それを喜々として受け止める客。これは本人も言っている通り「予定調和」なのだが、ま、いいじゃないですか。一生に一回くらい、臓物に汚れて帰る夜があっても。
単独作品として発売希望。彼の鍛えられた肉体がとても60とは思えない。

彼はトラベリン・マンである。歌える場所なら日本中のどこにでも行く。太陽の下の野外ステージで、そこにはまったく似つかわしくない歌をうたう。
自分はスターリンの「密室性」に最も惹かれていたが、血と体液と汚物と硝煙の中を全裸でのたうち回って伸し上がった本人は、当時からツアー大好きなアウトドア派なのだった。
福島復興プロジェクトイベントの実行委員でもある。でも、彼の歌は「ラブ&ピース」ではない。そこがいい。
アコギ一本でもフォークにならない。凡百ハードコアよりパンク。例の、息を吸い込みながら吐き出すシャウトには、やはり鳥肌。
名うてのミュージシャンを集めて「(ザ抜き)スターリン」を結成し、バンドブームに乗ってやろうってのが見え見えでちょっとダサかった時代より(迷走ってのは誰にでもあります)、ソロでアンプラグドになってからの方が百倍凄まじい。
映画のタイトル曲や『カノン』など、このスタイルになってからの方が「殺傷力が増した」曲もある。

そして福島の野外ホールを借り切って行われたライブ。オープニングは『虫』。
「原発なんていらない」「どこかへ飛んでけ」と歌われた。あの、意味性を解体したアルバムに、こんな皮肉な意味がもたらされた。
ラストは、サイレンの唸りと共に繰り出される『ワルシャワの幻想』(しかし、ミチロウほどサイレンと拡声器が身体表現になっているミュージシャンを他に知らない)。
「オレの存在を頭から輝かさせてくれ!」「メシ喰わせろ!」と福島に向けて叫ばれた時、なんだかポジティブなメッセージになってしまったという逆転。
そして映画のコピーは「死なないぜ!」と威勢がいいのだが、実際にミチロウが発したのは「死なないぞぇ・・・・」であった。なんかいいな、と思った。

というわけで、SHM-CDで『虫』を買い直して、自分史上で再評価が甚だしいのである。
『STOP JAP』がすごく好きで、『虫』ってアルバムも出ているらしいと、レコ屋に走った当時。
レコードの裏ジャケに歌詞が印刷されている。ものすごくシンプルになってないか?
その時は一行だけの歌詞「天プラ おまえだ カラッポ!」って何コレ?と思ったもんだが(実際に聴いたら一番カッコよかった)、これは和製パンクの名盤。
グランジな『水銀』で始まり、怒涛のファストナンバーが続き、10分を越える『虫』で終わる。
今になって感じるのは、日本人ならではのワビとサビ。そして世界唯一の〈PUNK組曲〉。

ミチロウとの最初の出会いはファーストエッセイ『嫌だッと言っても愛してやるさ!』で、これがたまたま近所の書店にあったのである。何気なく開いて中学生のボクは驚いた。
「ザ・スターリン」なるバンド名。これが「ザ・ヒットラー」じゃセンスがなかった。しかし「STALIN」に「THE」がついたのは世界初でしょうね。
で、結局購入。カセットテープで『STOP JAP』を購入してさらに驚愕。音楽なのかコレは?全然楽しくないじゃないか?でも、この高揚感は何なんだ?と。
初期スターリンはワルや不良なんてもんじゃなく、極端に言えば「汚物」だった。
しかも知性を兼ね備えた汚物。ミチロウのメイクが汗でドロドロに溶けていく過程も恐ろしげで、最後まで化粧が落ちない今のビジュアル系とはまるで別物。
人間のグッチャグチャな闇を頭から被って見せたのが当時の「遠藤みちろう」で(だからあんなステージになっちゃったんだろう)、そこが最悪で最高だった。

現在の遠藤ミチロウ氏は、旅をして人と触れ合い、福島の復興を祈る、まるで少年のようなパンクロッカーでした。
親子の別れ際に、母親が息子に対して発した言葉。「ハゲたね」。


お宝箱、『赤痢匣』



『ナニワ金融道』でおなじみ、青木雄二の『唯物論』なる本がなかなか面白い。
著者によれば観念論とは「思う」ことで、唯物論は「在る」ということ。
つまりノリとしては「いや~、そうかもしんないけどさぁ~・・・」が観念論で、「せやろ!」が唯物論。
このノリでトバしていくので、観念論的に悩んでいる人生相談も、「チンポ」「オメコ」「イワす」の、唯物論3コードで(この本の表記による。僕じゃないですよ)ばさばさと切り捨てる。
何でもこんな風にイワせられたらさぞ気持ちよろしかろうな、と思う。彼の漫画に出てくる街の風景が「スナック赤貝」「ラウンジずるむけ」など全部下ネタってのも、実に唯物論的である。

最近、京都出身のガールズ・バンド「赤痢」の10枚組ボックス、『赤痢匣』を購入。
改めて聴くと、極めて珍しい唯物論のバンドなんではないか?と思った。パンクとはいえ観念論が先行するバンドがほとんどだが、この、身も蓋も無さ。
特に今回初めて聴いたデビューEP『赤痢』(85年)に収録されている曲の、あけすけっぷりはすごい。
当時(不良)高校生だったメンバーが「おっさんあたしは処女なのよ/処女でもあそこは持ってるやんけ」「二万で春は渡せんな」「イカレポンチはとっととうせろ」。
いくら人が来ないすうさい堂とはいえ、店内で流すにはためらわれる『夢見るオxxコ』のオリジナルも収録。
徐々に演奏力も上がり、同時に歌詞は加速度的に支離滅裂になり、それでも時折「今夜星光爛漫/きれいごとだけで満開」「あたしの夫はちびではげ/誰かなんとかしてくれ」「希望なんてないんだ/欲望だけがあるんだ」など、ギラリと光るフレーズがあちこちに。
パンク・バンドとしてのピークはファースト・アルバム『私を赤痢に連れてって』(88年)だろうか。
ラストの『THREE』(95年)は、ローファイなワールド・ミュージックという風情で、初期の唯物異論的な勢いはないが、誰にも似ていない音楽を「まったく無理せず」作り上げた。
感触が全然変わんないのである。
精神的にはロンドンのパンキー・ガールズ「ザ・スリッツ」に近いものを常に持っていたバンドではないかと思う。

ライナーによると彼女らはクラッシュの大ファンであり、それに触発されてバンドを組んだという。
これには感動した。だってファッションから何から、まったく影響を受けたあとがないんだもの。
ロウなパンクでデビューしたのも、それしか出来なかったからであろうし。
しかしながら我が国のクラッシュに影響を受けた輩ってのはどうしようもないのばっかりなので、赤痢こそ最高のクラッシュ・フォロワーと言えるかも知れない。いや、そう言いましょう。
自分もクラッシュは大好きだが、左翼的/政治的な部分には全く影響を受けていない。
あくまでも彼らが残した「ぶきっちょだけどカッコいいロックンロール」を愛しているんである。
クラッシュの本当に偉大なところは、政治的メッセージすら「ポップ・アートとして」クールに決めてみせたことだ。
過激なメッセージがプリントされたパラシュート・シャツを着こなすストラマーやシムノンは、実にシャレオツでカッコいい。これはほんと、選ばれた人間にしかできないこと。

アルケミー・レーベルの社長でプロデューサーの「非常階段」・JOJO広重は、
「君たちのためなら何でもしてやろう」と、メンバーの前で宣言したという。
ある年代の女の子が放つ、生理的ないらつき、ちょっとした絶望、無邪気な残酷さ、正体不明の不穏さ。
そうしたものをすくいあげて、音楽で表現したバンドだったと思う。一度だけライブを観た。

ゼロ年代には・・・とか言いたくなったが、当時もこんなバンドは他にいなかったんである。
しかしながら、西野カナあたりの「とにかく共感して!!共感できるっしょ?!」と、ゴリゴリ攻めてくる今の連中のほうが、唯物論的なのかも知れない。
ベストアルバム『赤痢の花園』がメジャーから出ているので、そちらがお手ごろです。

ジョニサンって言うな!



新宿シネマカリテにて『LOOKING FOR JHONNY~ジョニー・サンダースの軌跡』鑑賞。
13日の水曜日。別になんでもない日。つうか、料金サービスデイ。
コメントを見るとロック侍さんたちが「生き様がロックンロール!」「最高にカッコいい!」と熱いのだけど、自分に言わせればハートブレイカーズ名義の『L.A.M.F』という最高にカッコいいロックンロールの名盤を作ったひと、という感じ。
さらに彼はキャリアの最初の方でニューヨーク・ドールズの二枚、ハートブレイカーズ、ソロの『SO ALONE』と、名作を早々に産み出しているので、「こんだけもってりゃマスト、それ以降はよっぽど好きじゃないと」の、代表選手。
別格なのはやはり『L.A.M.F』。ちなみにこのタイトルは「ライク・ア・マザー・ファッカー」の略。
極めてベタなロックンロールなのだが、キャリアのあるド不良バンドマンがパンクの波に乗って作り上げた最強の名盤である。
いわゆるパンクのように直線的ではなく、オールディーズ的な甘さとうねりがあり、ボーカルが二人いるけどどちらもうまいわけじゃない、ってのもミソ。
宇宙人に推薦するロックンロール・アルバムを一枚選ぶとしたら、チャック・ベリーでもなくエルヴィスでもなく、これを推薦する。
またバンドのルックスがクールなんだ。モデルみたいなウォルター・ルー、ドールズからの朋友ドラマー、ジェリー・ノーラン、ほとんど動かないベースのビリー・ラス(ヒスパニック入ってるっぽい)、ジョニーは言うに及ばず。
イギリスのパンク小僧にとってジョニーはヒーローであり、彼に「お前は男だろ?」とヘロインを勧められると、ほとんどの者は断りきれなかったらしい(と、『プリーズ・キル・ミー』というパンクの伝記本に書いてあった)。

常にドラッグを持ち歩いては周りの者に勧めてヘロヘロにしていく、歩く薬物汚染。
本人もデビュー以来ほぼ尽きることなく薬物依存が続き、当然ながらDV男に成り果て、妻も子も失うことになる。
安らぎが欲しくて家族を作っても、結局ロックとドラッグの世界に舞い戻ってしまう。まるで金子正次の『竜二』じゃん、と思った。
ニューオリンズで死亡。もちろんクスリが原因。享年38才。
ジョニーの姉は「盛られて殺された」と主張する。
しかしニューヨーク・ドールズのメンバーだったシルヴェイン・シルヴェイン曰く、「いや、あれはきっと奴が死ぬ時だった」。

結局のところ、「最悪のジャンキー」というイメージと裏腹である繊細なボーカルと、誰かが言っていたような「ぶっこんでくるギター」があれば、それでいいのである。
パンク時代のミュージシャンもNWの波に乗って、生き残る者は生き残った。
でも、ルーツ志向のジョニー・サンダースにはそれが出来ずに、弾き語りをやったり、デモやライブを乱発したりして、そんな不器用なところもまた、ねえ。
帰りしな、映画のポスターを買って帰った。結局好きなんだ。

「臆病者のヤク中」という点では田代まさしと変わらないのだけど、決定的に違うところは、思わずお持ち帰りして壁に貼ってしまう、キュンとするルックス。





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古本すうさい堂
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自称「吉祥寺の盲腸」、すうさい堂のだらだらした日常の綴り。
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