ずっと日本のアングラロックが好きだったのですが、最近注目しているのが井上陽水という人。みんなはもう知っているかい?
もとい。国民的歌手である。しかしながらこの人がかなりの割合で放つ「悪意」を考えると、それが不思議であると、昔から思っていました。
大ヒットアルバム『氷の世界』のタイトル曲における強烈な皮肉。「みんなガンバレ♪」のサビだけがCMで使われた『東へ西へ』における狂った情景。夕立をまるで世界の終わりのように表現した『夕立』。夜行バスの運行を幻想的に歌った『夜のバス』。
「バスの中は僕一人/どこにも止まらないで/風を切り走る」って、それ本当にバスなのか?
と思えば、『心もよう』(これは大嫌い)、『夢の中へ』(斉藤由紀のユーロビートバージョンも有名)、『少年時代』『リバーサイド・ホテル』『いっそセレナーデ』などの国民的ヒットを「しれっと」した風情で飛ばしている。
例えば『ジェラシー』をたまたま聴いた御婦人が「あーらいい曲ねえ」と、それが収録されている『あやしい夜をまって』というアルバムを購入すると、極めてパラノイアックなイメージが疾走するロックンロール・『My House』などがもれなくついてくる。
一貫した本人のノンポリぶりも考えてみればすごい。
二百万枚を売り上げたという驚異のベストアルバム・『ゴールデン・ベスト』。大・人気者。
その影でひっそりとリリースされた風情の、本人選曲による裏ベストが『ゴールデン・バッド』。
「CD売ってくれて沢山ありがとう♪」と、会社からのご褒美なのだろうけど、すべて80年代以降の曲で構成されたマニアックなもの。要するに、まともに売る気が無い。
本人言うところの「ひどいテカり具合」を集めた。
しかし、陽水氏の毒気を堪能しようとする向きには格好のアイテム。
バラバラに分解されたのち、再構成された日本語があの声に乗る。
そして、彼の声とロカビリーは、意外と相性がいい。『ダメなメロン』や『Be Pop Juggler』などを聴くと、こっちの方がサイコビリーなんでは?とか思う。
オリジナル・アルバムとしては78年の『white』が一番好きなのだが、その前後作『招待状のないショー』と『スニーカーダンサー』も名盤。
特にこの時期のブラックな曲における「ひどいテカり具合」はどす黒さを増しており、『青空、ひとりきり』『曲り角』『娘がねじれる時』『ミスコンテスト』『青い闇の警告』などは、もうパンクだろ?(←何でも尺度をパンクで考える馬鹿)。
力士が通る花道に触る手の中のひとつにカミソリが混じっていたのサ、という内容の『事件』のアレンジは、なんとレゲエである。十重二十重の悪意。
そして、プレス加工職人の日常を徹底的に突き放して歌う『灰色の指先』に至っては、なんてこの人は「ひとでなし」なんだろうと思う。山野一の漫画を思い出しちゃったよ。
80年代なら『とまどうペリカン』がヒットした時期の『ライオン&ペリカン』がおすすめ。
当時のNWなアレンジと寝たような作風。歌詞も支離滅裂度を極め、それが自分にはフィットする。
宮沢賢治への返歌『ワカンナイ』なんてのも収録されてます。
それ以降になるとだいぶ緩い曲が続く中、「あれ?」「おや?」といったナンバーが時折混じったりしつつ、いまも現役であらせられるという稀代の不思議ミュージシャン。すっかりジェンダーフリーになって、一見、おじさんだかおばさんだかわからなくなっている。
しかし、歳を経るごとにボーカルが猫っぽくなっていきますなあ。
そしてこの人の声は安定し過ぎていて感情がまったく見えない、という不思議。