歴史上の人物が現代に蘇えってさあ大変、という映画は山ほどある。
あるはずなのだが、今なにも思いつかない。ちなみにマンガでは手塚治虫『ドン・ドラキュラ』が好きで、これは日本の練馬区で暮らすドラキュラ伯爵とその娘のドタバタコメディである。意外と人情ものだったりする。あ、歴史上の人物じゃないのか。
『帰ってきたヒトラー』(2015)を鑑賞。この作品を楽しんだほとんどの人が感じたことが「総統閣下、かわいい(はぁと)」だと思う。もっとも復活して欲しくない人物であるにもかかわらず、だ。
2014年のベルリンに唐突に蘇えってしまったヒトラーは、周囲の変化についていけずにびっくりしたり落ち込んだりしているうちに、キオスクの店主の情けで店に居候させてもらうことになる。
服がガソリンくさいと言われクリーニングに出すのだが、代わりがないから店からレンタルした黄色いポロシャツとジーンズで戻ってくる。単なるおっさんファッションなのに帽子はちゃんと被る、ってのが笑う。
かように(困ったことに)ヒトラーが、キッチュでファニーで愛らしいのである。同じ大量虐殺者でもこれがスターリンや毛沢東だと話が別。きっと小憎らしいに違いない。と、今書いていて思ったのだが、不思議なことにそんな映画は見たくもない。
そして局をクビにされたテレビマンが彼を見初め、「ヒトラー芸人」としてバラエティ番組に出演させる。
そこでヒトラーは得意の演説を一席ぶつ。要するに「テレビなんかに惑わされるな。みんなもっとちゃんとしろ」ということなんだけど、それがあまりにも真っ当な主張なので、マジで感動する人や面白がる人で盛り上がり、アドルフ・ヒトラーは再び大衆の人気者になるのであった。
オリバー・マスッチという主演俳優がヒトラーになりきって、野外ロケにも出かける。
顔をしかめる人もいるが、ドイツ人の多くがニコニコとアドルフ・ヒトラーを受け止めているという事実。
右翼団体の本部にもそのまま突っ込んで行ったりする。メタ・フィクションである。
この映画、「ドイツの政治がわかってないと面白くない」という意見もあったが、「ネオナチ」と呼ばれる人々がいる、ということだけ知っていれば全然オーケーです。それでもわからんってことであれば、申し訳ないけど知能指数の問題なので。
テレビ局の受付嬢(ゴス娘)にネットの操作を教わり、「人類の偉大なる発明インタルネット!」かなんか言いつつ初めて検索した言葉は「世界制覇」。萌え(はぁと)ますね。
ヒトラーの著作がベストセラーになり映画化も決定し、健全なドイツ国民の間で人気は高まるばかり。
その中で唯一、認知症のユダヤのおばあちゃんだけが「この男は悪魔だ。わたしの家族を殺した!」と彼の本性をさらけ出す発言をする。
それまでののほほんとした展開に冷や水をぶっかける辛辣なシーン。実際、カギ十字は登場しないし、強制収容所の映像も出てこないのでオブラートに包んだ印象だが、映画はそこから一気にブラックさが加速度を増す。
ちなみにヒトラーは「あるポカ」が原因で大顰蹙を買い、一度、人気が急降下する。そのエピソードはちゃっかりと宣伝ポスターに組み込まれている。作品を観たあとでわかるブラックジョークである。
登場したばかりの彼は「おもろいおっさん」だが、ラストは「恐怖の独裁者」然とした不穏な空気をしっかり纏っている。最初に書いたこととは矛盾してしまうけど、やはりヒトラーはヒトラーなのだという、一筋縄ではいかないコメディ(?)であった。
ちなみに「バカ系」が好きな人には『ナチス・イン・センター・オブ・ジ・アース』(2012)がおすすめ。
メンゲレ博士を中心に南極で生き残っていたナチスが、ヒトラーをサイボーグとして復活させるという内容。「マジンガーZ仕様の総統閣下」が大暴れします。