もはや古典の『時計じかけのオレンジ』を久々に鑑賞して、「今みるとここがなあ」といったダサさが一片もないことに少々驚く。
映画史上に輝く最も洗練されたウルトラ・バイオレンス作品。1971年のロックを使用すればまた違ったものになったかも知れないが、キューブリックはそれをしなかった(ロックバンドに興味がなかっただけかもしんないが)。
全編ベートーヴェンと、オリジナルの電子音楽。これが作品を古びさせない大きな要因で、サントラを聴くとクラシックであるベートーヴェンがまた違って聴こえる。店でもたまに流しているけど、なにやら荘厳かつちょっと尖った気分になる(ただし、「ウィリアム・テルの早回し」で我に返る)。
よく「xx年代の時計じかけのオレンジ」というコピーを見かける。つまりエポックであったということで、ロックを使用せずとも最高のパンク・オペラ。ホラーショー!!
暴力・強奪・レイプ(あと3Pとか)が大好きな主人公アレックス(マルカム・マクダウェル)をロック少年ではなく、ベートーヴェンをこよなく愛する知的なキャラクターとしたところがやはり素晴らしい。平成のチーマーにそんな奴はいないよ、多分。
しかもご両親健在の、団地住まいのぼっちゃん。ただ純粋に人を痛めつけるのが好きなだけ。
スラムから暴力で伸し上がり「ロックンロールは心の叫びだぜ!」ならば反逆児と呼べるだろうけど、彼はそうじゃない。最高級のスピーカーでベートーヴェンを鳴らせる家がある。
ドルーグ(仲間)もいるが、ボンクラばっかり。抜きん出た残酷さを持つアレックスは、彼らも暴力で支配する。
しかし、マルカム・マクダウェルは若き日のミック・ジャガーのような悪魔的な風貌を持ち、上目使いで冷笑する顔は実にパ-フェクト!(同じような挑発的な目つきをする女性に栗山千明さんとかアーヴァンギャルドのボーカルの人がいるが、あれもちょっとたまんないっすねぇ)
結局アレックスは仲間に裏切られ服役。ここで出てくる刑務所長がコメディリリーフとしてかなりいい感じ。
政府が研究中の実験モルモットに志願することによって、娑婆への復帰を約束されるのだが。
まあ有名な作品なんですが、「暴力には抑止力を!」ということで、アレックスは固定されて大好きな「超暴力」を見せられているうちに吐き気がして気分が悪くなる。そうした実験で暴力衝動を排除するのが政府のやりかた。
しかもBGMにベートーヴェンが使用され、アレックス絶叫。
「これはひどいよ!彼は何も悪くない!!」
アレックスは他人に抵抗できなくなり、ベートーヴェンを聴く事もできなくなる。
その状態で娑婆に開放されるが、自分の部屋には居候がでかいツラで居座り、かつて痛めつけたホームレスに復讐され、警察官となった元ドルーグたちにもリンチされる。
「ウェル、ウェル、ウェル!」と不敵に笑うデブ。いいシーンである。
「人間性の回復」とか「善悪とは?」といったことがテーマになる後半なのだが、十数回も観てると「これはこれで別にいいんじゃね?」という気になってくる。
「猫おばさん」(だいぶ痛いキャラ)を殺害し、作家夫婦の家庭を崩壊させ、余罪もいろいろ。敬愛するベートーヴェンを聴けなくなるくらいは妥当な罰なんじゃないか。そもそも普通に生きていればボコりボコられなんて場面は、そんなにないはずなのだ。
昨今の残酷な少年犯罪。やらかした事に対しての妥当な判決もほとんどないだろうし、クロックワーク式の刑罰なんかも実際の話、アリなんじゃないかと思う。
例えばバックストリートボーイズとかダフトパンクとか(こいつらはほとんど邦楽)、AKBでもグレイでもミスチルでも、連中がもっとも好きだったもののひとつやふたつ、奪ってやったっていい。レイプ犯には強制パイプカットとか。
醜い事件を起こす少年犯罪者(と予備軍)は、アレックスの絶望を味わってみればいい。
ともかく映画としてはファッション・美術ともにホラーショーなんで、「ヤーブル引き締めてビディーせよ!マルチック&デボチカ!」ってことである。皮肉に満ちたラストへの展開も、絶望的というよりはスカッとする。
そして、これほど『雨に歌えば』を悪意に満ちたマナーで使ったアートはない。
仮にその曲がザ・フーの『マイ・ジェネレイション』だったらちょっとベタだったかな?と思うと、奇跡的なコラボ。
たとえそれが、キューブリックのロックに対する無関心の産物だったとしても。