65才にして、現在進行形。遠藤ミチロウのドキュメンタリー『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』を鑑賞(@新宿k’sシネマ)。
還暦ツアー中に起こった3・11。それをきっかけに、ミチロウがこれまで顧みることのなかった故郷・福島へ向かう足取りを辿ったロードム-ビー。
いきなりミチロウが実家の玄関を開けるオープニング。そして「おかあさん?おかあさ~ん」。
これは自分にとってはちょっと衝撃映像で、かつて「鋼鉄の人」という名のバンドを率いた男が、普通の息子として実家に帰省している。
母上様は健在。仲むつまじい親子だが、「ザ・スターリン」時代に息子がやらかした様々な悪行を、母は知っている。
これは上映後のトークショーでミチロウが話していたのだけど、変態バンドとして名を馳せたイケイケ時代のパフォーマンスが週刊誌を通じて地元に伝わって、「遠藤さんのとこの道郎くんは気が狂った」と近所で評判になり、しばらく勘当されていたらしい。
息子「(電話で)週刊誌とオレとどっちを信用するんだ?」
母親「週刊誌!」
個人的にこの作品の目玉は、大阪で行われた還暦記念のスターリン復活ライブ。開演前のステージには爆竹が鳴りまくり、パンクスがすでに暴れている。バンドメンバーは全員、口元を赤い布で覆っている(爆裂都市!マッドスターリン!)。わかってらっしゃる!
ミチロウが登場して「悲しいお知らせがあります」と、元ギタリスト・タムの訃報を知らせる。
全員黙祷のあと、例の「サイレン」が鳴る。あとは無礼講。ポリバケツから豚の内臓を客に投げまくるミチロウ。それを喜々として受け止める客。これは本人も言っている通り「予定調和」なのだが、ま、いいじゃないですか。一生に一回くらい、臓物に汚れて帰る夜があっても。
単独作品として発売希望。彼の鍛えられた肉体がとても60とは思えない。
彼はトラベリン・マンである。歌える場所なら日本中のどこにでも行く。太陽の下の野外ステージで、そこにはまったく似つかわしくない歌をうたう。
自分はスターリンの「密室性」に最も惹かれていたが、血と体液と汚物と硝煙の中を全裸でのたうち回って伸し上がった本人は、当時からツアー大好きなアウトドア派なのだった。
福島復興プロジェクトイベントの実行委員でもある。でも、彼の歌は「ラブ&ピース」ではない。そこがいい。
アコギ一本でもフォークにならない。凡百ハードコアよりパンク。例の、息を吸い込みながら吐き出すシャウトには、やはり鳥肌。
名うてのミュージシャンを集めて「(ザ抜き)スターリン」を結成し、バンドブームに乗ってやろうってのが見え見えでちょっとダサかった時代より(迷走ってのは誰にでもあります)、ソロでアンプラグドになってからの方が百倍凄まじい。
映画のタイトル曲や『カノン』など、このスタイルになってからの方が「殺傷力が増した」曲もある。
そして福島の野外ホールを借り切って行われたライブ。オープニングは『虫』。
「原発なんていらない」「どこかへ飛んでけ」と歌われた。あの、意味性を解体したアルバムに、こんな皮肉な意味がもたらされた。
ラストは、サイレンの唸りと共に繰り出される『ワルシャワの幻想』(しかし、ミチロウほどサイレンと拡声器が身体表現になっているミュージシャンを他に知らない)。
「オレの存在を頭から輝かさせてくれ!」「メシ喰わせろ!」と福島に向けて叫ばれた時、なんだかポジティブなメッセージになってしまったという逆転。
そして映画のコピーは「死なないぜ!」と威勢がいいのだが、実際にミチロウが発したのは「死なないぞぇ・・・・」であった。なんかいいな、と思った。
というわけで、SHM-CDで『虫』を買い直して、自分史上で再評価が甚だしいのである。
『STOP JAP』がすごく好きで、『虫』ってアルバムも出ているらしいと、レコ屋に走った当時。
レコードの裏ジャケに歌詞が印刷されている。ものすごくシンプルになってないか?
その時は一行だけの歌詞「天プラ おまえだ カラッポ!」って何コレ?と思ったもんだが(実際に聴いたら一番カッコよかった)、これは和製パンクの名盤。
グランジな『水銀』で始まり、怒涛のファストナンバーが続き、10分を越える『虫』で終わる。
今になって感じるのは、日本人ならではのワビとサビ。そして世界唯一の〈PUNK組曲〉。
ミチロウとの最初の出会いはファーストエッセイ『嫌だッと言っても愛してやるさ!』で、これがたまたま近所の書店にあったのである。何気なく開いて中学生のボクは驚いた。
「ザ・スターリン」なるバンド名。これが「ザ・ヒットラー」じゃセンスがなかった。しかし「STALIN」に「THE」がついたのは世界初でしょうね。
で、結局購入。カセットテープで『STOP JAP』を購入してさらに驚愕。音楽なのかコレは?全然楽しくないじゃないか?でも、この高揚感は何なんだ?と。
初期スターリンはワルや不良なんてもんじゃなく、極端に言えば「汚物」だった。
しかも知性を兼ね備えた汚物。ミチロウのメイクが汗でドロドロに溶けていく過程も恐ろしげで、最後まで化粧が落ちない今のビジュアル系とはまるで別物。
人間のグッチャグチャな闇を頭から被って見せたのが当時の「遠藤みちろう」で(だからあんなステージになっちゃったんだろう)、そこが最悪で最高だった。
現在の遠藤ミチロウ氏は、旅をして人と触れ合い、福島の復興を祈る、まるで少年のようなパンクロッカーでした。
親子の別れ際に、母親が息子に対して発した言葉。「ハゲたね」。