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すうさい堂の頭脳偵察~ふざけてません。

【すうさい堂最新情報/極私的ツイッタァ】 ■■ 2017年10月13日(金)13時より移転オープンしました。■吉祥寺本町1-29-5 サンスクエア吉祥寺201 ■0422-27-2549

滋養としてのビッグ・リボウスキ



今年、地味にはまったものとして「洋画コメディ」がある。DVDスルーがやたら多くて日本人にとっては一番馴染みがない上、パッケージやタイトルを見ても煽りが少ないので、それが面白いのかどうかわからんのである。
コメディ棚の半数近くはラブコメ、という偏見もある。こちとら、一本筋の通った、頭のネジが何本か抜けた、ビッとしたバカが観たいわけで、恋愛でほわんほわんになった男女なんてどうでもよろしい。
大傑作『スーパー!』で感動したあたりから手を付け始め、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』『ズーランダー』『ネイバーズ』『ジャッカス・ザ・ムービー』『クソジジイのアメリカ横断チン道中』『チームアメリカ★ワールドポリス』『サウスパーク無修正版』『シリアル・ママ』『バス男』『俺たちニュースキャスター』『ホットファズ』『宇宙人ポール』『ゾンビ処刑人』等々(ここにあげたのはすべて名作)、ちょいちょいつまんでいる。
近作では大学の新入生がただ遊んでるだけという驚愕の内容『エブリバディ・ウォンツ・サム!』がある。ああ、まだソフト化されていないようですが、『俺たちポップスター』は恐らく今年最強のバカ映画。
これらに出ているバカたちは最高。しかしこのバカを堪能するためには自分のアンテナを張っていないといけない。ぼうっと観ているとバカの洪水に流されてしまう。日本のように親切な「ツッコミという防波堤」がないからである。
(まあ本当に好きなのはコメディ棚にないコメディ、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』や『ペイン&ゲイン-史上最低の一攫千金』、イーライ・ロスの『ノック・ノック』だったりする)
で、遅ればせながらコーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』(98)、これ、大好きだ。

通称「デュード」と名乗る主人公のリボウスキはある晩、暴漢の襲撃を受け、カーペットにシッコされる。
彼らは大金持ちのビッグ・リボウスキと勘違いしていて、ビッグの嫁さんの借金を取り立てに来た。
翌日、デュードは「敷き物をダメにされた」とビッグの家に抗議に行くのだが追い返される(この後彼はなにかにつけて「敷き物が~」「敷き物が~」と繰り返している)。
その後ビッグの妻が誘拐され、彼はデュードに身代金の引渡し役を頼むことになる。
主人公デュードは無職の無精者(ファッションセンスが最高)だが、彼が一番バカかというとそうではなく、更なるバカがうじゃうじゃ登場する。というか、デュードが人間的には一番「まとも」なんである。
特にベトナム帰りのデブ・ウォルターのバカっぷりがすごい。こいつがいらんことをするため、デュードはどんどん窮地に陥っていく。
いちいちコメディのギャグを拾っていくのも無粋なんだがひとつだけ、ラスト近くで死んでしまった友人の遺灰を受け取るところが最高。
壷が高くて買えない。しょーがないからコーヒーショップの缶に入れてそれを引き取り(ぶはは)、盛大に撒くのだが逆風の海風が吹いてデュードは全身灰かぶり、という不謹慎なギャグに爆笑した。
この映画のアクセントはボーリング。デュードたちは怠け者でバカだったりするが、ボーリングだけはストイックに真面目なのだ。そしてボーリングをデフォルメした世にもバカバカしい「受精シーン」は必見。
音楽の使い方もかっこいい。音楽に目配せできる監督の作品はだいたいとんがっている。
恐らくユダヤ的にはいろいろな含みがあるのだろうけど、それが一切わからなくても面白い。なぜなら、パーフェクトなバカ映画だからである。
コーエン兄弟が得意とする、「勘違いが勘違いを呼んで事態がますますひどくなる犯罪劇」をコメディに仕上げたものだが、寅さんにも森繁先生にも興味がない自分にとっては、年末に観る映画としてはなかなかハートウォームであった。

バカ映画をなめてはいけない。なぜなら邦画においてこれらに匹敵する「バカ映画」を何一つ思いつかないから。北野武も松本人志も大惨敗であった。
キャストを厳選し、頭を回転させて最高のくだらないギャグをひねり出すのが「バカ映画」なのであって、そう考えると日本ではほぼ無理なんだろう。
真面目な話、バカ映画は心の滋養である。


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いじめ撲滅!「キャリー」と「デビルスピーク」



『キャリー』(76)を観ていま思うことは、いじめの最終形態として「バケツいっぱいの豚の血をぶっかけられて血まみれにされ、その様子を大笑いされる@プロムナイト」というシーンが、一番エグいということ。
そこでキャリーの超能力が爆発して、会場にいた者たちに襲いかかるのだが、「ホースで放水」というのがやられたことに対しては、ちょっと手ぬるいなあと思う。実際には女優の一人が水圧で鼓膜が破れたという事故があったというけど、それはあくまでも裏話。
このシーンは画面が二分割になっているが、監督のブライアン・デ・パルマいわく「あれは緊張感がなくなって失敗だった」と振り返る。そこが一番有名なんだけどな。ははは。
ただ、血まみれで仁王立ちになりながらも目を見開き、制御不能のパワーを放ち続けるキャリーはカッコいい。どれくらいかというと、昔あったホラーマンガ専門出版社「ひばり書房」のカバーと同じくらいのカッコよさである。

クロエ・グレース・モレッツ主演のリメイク版(2013)もある。
キャリー役がクロエちゃんなので、初代の姐さんに比べてかわいさは格段にアップ。なにせ初代のシシー・スペイセク姐さんは当時25才だったらしい。
演じるのは17才、と。
かなり忠実なリメイクで、「生理を知らない」キャリーにいきなり初潮が始まって、シャワー室で泣きながら同級生に助けを乞うというシーンもちゃんと再現。
同級生たちは嘲笑しながらキャリーにナプキンを投げつける。リメイクではこの騒動をスマホで撮影し、ネットにアップするという、実に現代的ないじめが加えられた。
血まみれにされたクロエ・キャリーも同じように念動力を放つが、オリジナルの自己制御不能パワーではなく、「狙った獲物は逃がさない」と、標的を次々にぶち殺していく。さすが元ヒットガールである。
仕掛け人のカップルも派手に成敗。なぜか評価が低いけど、なかなかいいリメイクだと思うのだが。
虐げられた者がリベンジして降らせる血の雨はいつの時代も最高。
そして両作品に共通しているのは「宗教キチガイの痛いお母さんを持つと子供がたいへん」ということだ。



映画のことばっかり書いていますが、本を読むより映画を観るスピードのほうが圧倒的に早いのだからしょうがない。
ちなみにこのブログは自分からの「おすそわけ」。こんなのありますよ、ということなのだが、まあ、知ってても知らなくてもどうでもいいようなことばっかりだな。閑話休題。
で、同じテーマで『キャリー』より好きな作品がある。『デビルスピーク』(81)だ!
陸軍士官学校に通う両親のいない少年、クーパースミスは成績優秀なのだが、同級生や教師からもバカにされている。「いじめ」というよりはコケにされている、というニュアンス。時には屈辱的ないじめも受ける。これが毎日。逃げ場のない青春。
ある日彼は悪魔復活のマニュアル本を入手し、当時のコンピューターを駆使して、その方法を解読しようと苦戦する。
屈辱的な日々は続く。気にかけてくれるのはマイノリティである黒人の同級生と、一見こわもての専属コックだけ。
コックから体の弱い子犬を譲り受け、犬が彼の唯一の友となる。のだが、いじめ連中たちが面白半分に子犬を殺してしまう。そしてクーパースミスの怒りが爆発!観てるほうの怒りも爆発!
クーパースミスのリクエストに応えて復活した悪魔は、彼に憑依する。
クーパーの顔に狂気が宿り、髪が総毛立ち(若ハゲ全開!)、魔剣を手にして宙に浮かぶ。
そこからは豪快な首チョンパ大会!胸がすくとはこういうことだ!がんばれぼくらのクーパースミス!
学校で飼っている黒豚軍団も手先となって「ブーブー!(おれらもがんばるよ!)」とクーパーを援護し、首チョンパを免れた者は豚さんに食われるのである。世の中には立場が逆になることもある。
(あ、ちなみに悪魔の本をパクろうとした学校の美人秘書も、バスルームで全裸のまま黒豚さんたちに食われる。パクリとかはしちゃいかん、という教育的指導だ)
「クーパースミスは復活する」と悪魔から太鼓判を押す声が流れ、映画は終わる。いじめられっ子であった彼は最高のケツもちを得た。これは、ハッピーエンドである。

とにかくいじめはダメだ。昨今のいじめがエスカレートしているのも、「因果応報」という話を知らなすぎるからじゃないか?という気もする。
民放も『キャリー』や『デビルスピーク』のようないい映画を放映しなくなったから、ガキどもにトラウマが直撃する機会がなくなってしまったのである。
そしていじめられている子達は、悪魔でもなんでもいいじゃない、何か生きる糧を掴むことだ。
自殺する決意ができるんだったら、学校の窓ガラスでも派手にぶっ壊して、卒業までしれっと居座ってやればいい(死んじゃったら教育者たちはどーせ「いじめはなかった」とか言うんだから)。
それなら誰も傷つかないし、「あいつ狂ってる超やべえ」と誰も近づかなくなる。超クールだ。

イレイザーヘッド=バス男



はい、お疲れ様です。店のことで書くことは何もありません。
リニュウアルオープン前に新宿をふらふらしていたら「デヴィッド・リンチの映画」なる催しを発見。
引き込まれるように『イレイザーヘッド』(77)を観てしまった。VHS(ダビングして観まくった)での鑑賞以来だから本当に久々だったのだが、まずモノクロ映画としての「画面の暗さ」がすごいなと。話の暗さももちろん、画面が停電しているかのように真っ暗。
奇形の赤ん坊を置いて嫁が家出してしまったので、一人で育てるはめになってしまった男が見る鬱々とした幻想を映像化したもの、といえばもっともらしいのか。
ウサギの丸焼きがモデルとも言われている赤ん坊はグロテスク。しかも普通の赤ちゃんと同じように泣くので、二重の意味でグロい(東京コミックショーの「レッドスネークカモーン状態」で操作しているのがバレバレ、ではあるのだが)。
延々と悪夢が続く。が、時々笑っちゃうブラックジョークみたいなものも放り込まれ、「はずしの美学」はこのデビュー作ですでに確立。
とはいえこの悪夢は大変魅力的なので、吸い込まれるように何度も観たくなる。変態上等である。
首チョンパされた主人公の首が格子模様の床に転がって、血(?)が流れ床が真っ黒になっていくというシーンはカッコいい。センスがあるナンセンス。
登場するキャラとしては、頬に肉腫をつけた女性(「こぶ子さん」と命名)が強烈。こぶ子さんが上から降ってくる蛇だか寄生虫みたいなものを靴でぶちゅっと踏みつけ、はにかんで笑う。リンチの世界以外ではあまりお目にかかれない類のエグさである。
主人公はこぶ子さんに抱擁され、内心は「あんまタイプじゃないんだけどなあ」と思っているのかも知れないが、強烈な閃光に包まれて映画は終わる。
初見は強烈な「なんだこりゃ?」である。果たして映画は終わったのか?
答えは暗闇に沈殿していくのみなので、その真っ暗闇にはまった者は何回もリピートして「終わり」を終わらせない、元祖カルト映画。
しかし、初めてスクリーンで観られてよかったなあ。




これに近い感覚を覚えたのがどういうわけかコメディの『バス男』(2004)。
原題は「ナポレオン・ダイナマイト」。観ればわかるんだけど、ものすごく浮遊感に溢れた不思議な作品な
んである。
想像するに、買ったはいいが「これどうやって売ったらいいんだ?」と頭を抱える宣伝マン。最初に主人公がバスに乗るシーンがあり、当時「電車男」が流行っていたのでここを見た彼が「じゃあ・・・・バス男?・・・ダメ?・・・・あ、オッケーなの?マジで?」みたいなノリで付けられてしまった邦題だと思われる。今は元に戻ったみたいだけど、レンタル店には『バス男』で置いてあります。
主人公は天パーで常に口が半開きのキモいメガネ男子。「理想はメガネ男子」などとのたまう女子に冷や水をぶっかけるようなキモさだ。
彼の名前がナポレオン・ダイナマイト。このトンデモな名前に対してのツッコミが一切ない。全編を通して「ツッコミが一切ない」コメディなんである。
洋画コメディとはいえ普通ならば女性キャラが「あんたバカじゃないの!」という感じでツッコミ役になることが多いけど、この作品にはそれが一切、まったくない。
イレイザー男もナポレオンも「外国人はカッコいい」という愚直な憧れをぶっとばすルックスでありますし、「ツッコミ皆無」という部分も二作品の共通点だと感じるところ。
どこかの薄暗い工業地帯とアイダホの高校という、極端に違う舞台ではある。

ナポレオンはスクールカーストでも最下層ではあるのだが、体育会系の連中からのいじめもぬるいし、ひきこもりの兄貴も変だし、チャットで知り合った兄の黒人の彼女もなぜか大恋愛で変だし、セールスマンの叔父も微妙に変だし、女子とのつきあいも動きそうで動かないし、とにかく「何とも言えないへんてこ」な日常がずるずる続いていく。
唯一の友達はメキシコ人の転校生・ペドロだけど、こいつも意味不明に変なので、ツッコミのない漫才を聞かされているような気分になる。
特にペドロの「頭が熱いんだ」「熱さがおさまらないので坊主にした」「でも恥ずかしいからフードが脱げない」というわけのわからない流れは日本人にとって「それ、ギャグなのか?」と思わざるを得ないのだが、まあだいたいそんな感じです。あと「牛乳当てコンテスト」も全然笑えない。
とはいえこの「笑うに笑えないコメディ感覚」とか、「日常と非日常がものすごくぼやけたラインで交錯するムード」が、イレイザーヘッド的だなあと、感じる所為。
とにかくバカにされているナポレオンですが、最後に彼の隠し持っていた特技で、学校中から喝采を浴びる。ハッピーエンドで終わるのは全然違うか。こぶ子さんも出てこないし。
吹替えの声もちゃんとキモくてそちらもすごくいい。


やっぱり大金持ちって最高だ



のんべんだらり、といった風情で日々過ごしている。いっそのこと濁点を取ってもいい。のんへんたらり。のんへんたらりと過ごしています。
三連休も最後だが、以前にも増してヒマ。わかっちゃいるのである。というわけでうっちゃっておいたブログでも書く。こうなったら意地でも本のことは書かないのでよろしくお願いします。
映画の日に『バリー・シール/アメリカをはめた男』を鑑賞。パイロットのバリー(トム・クルーズ)は密輸のバイトでおこづかいを稼いでいたが、CIAのスカウトマンに腕を見込まれ、政府御用達のカメラマンに転身。そんな彼の活動に目をつけたコロンビアの麻薬組織が「うちでも働いてくんね?」。ここでもコカインの密輸を成功させ、さらに荒稼ぎをするようになる。
バリー・シールという人はパイロットの手腕が優秀すぎて何でも出来ちゃうので、結果的に非合法なビジネスへズブズブと進んでいく。密輸人だから悪党は悪党なんだけど、根は普通の人なので憎めないという感じ。
しかし金の稼ぎ方はハンパじゃない(何しろ政府とマフィアが相手)。現金の保管場所にも困窮する始末で、ほとんどゴミみたいな扱い。
思ったのだが、金持ちが豪快に金を使っては崩壊していくような話が好きみたい。そもそも、何も好き好んで貧乏美学とか清貧とか人間は見かけじゃないよ心だよとか金は人を堕落させる悪魔だとかの、つまんない説教を見聞する必要はない。
そういう意味での最・高・傑・作はマーティン・スコセッシの『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2014)なのだ。

スコセッシというと『タクシードライバー』『レイジング・ブル』『グッドフェローズ』あたりをみんな語りたがるのだけど、いや、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』はその辺、軽く越えてるから。
三時間ある。でもその三時間、目が離せない。なぜなら面白いことしか起こってないから。
ジョーダン・ベルフォートという証券マンの人生を映画化。主人公を演じるのはレオナルド・ディカプリオ。
株の世界なんか全然興味ないし知らないけど、映画としてはオールタイムベストに入るくらいの面白さ。
自分の会社を立ち上げたジョーダンは、片っ端から「街中のバカ」をスカウトしては勧誘のノウハウを教え、クズみたいな株券を売りまくるのを始めとしてあらゆる不正に手を染め、豪快に金を稼いでいく。
とにかくディカプリオが大金持ちの巨バカなんである。あるいは「バカが大金を持つとこうなるのか!」という感動がある。
これを観て「金は人間をダメにする・・・」とかの感想を持つ人とは確実に話が合わない。つうか、そういう人はこの最高の三時間が苦痛でしかないと思う。
登場人物たちが延々、酒を食らってコカインを決めてファックしてのどんちゃん騒ぎ。しかも全員が無尽蔵に金を持ってるバカばっかりなので、その豪快さは果てしない。「バカが金を持つとすごい!」ってことをとことん見せてくれるブラック・コメディなんである。
ディカプリオのエロエロな嫁さんには「ハーレクイン」として大ブレイクしたマーゴット・ロビー。美乳を惜しげもなくと披露して頂いているので、そういう意味でも有難い作品。
プリオの片腕役員には最強の童貞映画『スーパーバッド』(必見っ)のジョナ・ヒル。成長して大人になって大金を掴んだ彼はここでも本物のバカだった!
超レアな睡眠薬を手に入れた二人はそれを試してみるんだけど、モノが古いのでなかなか効果が出ない、と思っていたらとんでもないところでトリップが始まるというシーンがあって、この二人のバカ演技合戦だけでも「ウルフ~」は映画史上に名を成すべきだと思う。巧妙に仕込まれたギャグ演出が最高で、これは映画を観て頂かないと始まらない。
プリオの上司として登場するマシュー・マコノヒーも最高。新人だったプリオをランチに誘い、食前にいきなりコカインを吸い、「一日二回マスをかけ」と諭す。いい上司である。胸を拳で叩きながらの「んー、んー、んーっ、んーっ」は強烈で忘れられない。何のことだかわからないでしょうが、みればわかるというものである。何だか自分の好きな人がたくさん出てるな。
プリオにしても、世界中の女性をメロメロにした美貌もすっかり消えうせた「とっちゃんぼうや」のような外見になり、泥酔して暴れ回り、ドラッグでヘロヘロになり、キめファックし、両手で中指を立てて雄叫びを上げる。
かつての女性ファンは大ガッカリ大会だろうけど、そこがいいんじゃない!
もちろんスコセッシはシニカルに「ジョーダン・ベルフォートの破滅」を描く。「シータクにおけるデニーロの狂気が~」とかの話はとりあえず保留で。もうすでに頭のいい人たちが一億回くらい語ってるから。
それより彼は三年前に「こんなにイカれた楽しい映画」を作っているのだ。これを手に取らずにスコセッシが云々~とか言うのは意味がわからない。
曲を細かくカットして繋ぐサントラもいい塩梅で、やっぱりボ・ディドリーやハウリン・ウルフは強烈に残る。
あとディーボのアッパーな曲(タイトル失念)は、場の雰囲気にピッタリ。
で、大事なことなのだけど、この作品は絶対に吹替えじゃなくて、オリジナル音声で鑑賞して頂きたい。
なぜなら、何度も何度も何度も何度も「ファック!!」「ファッキン!!」が連発されるカッコいい映画だから。そういえば冒頭の始業開始の合図も「レッツ・ファック!」であった。






モラルも喰う「食人族」



今年の夏は「欅坂46・怒涛の全国ツアー」を追っていたので(ネットで)書きそびれてしまったことがいろいろあるのだが、その中に『食人族』(81)がある。
夏はスタミナをつけるためにお肉を食べましょう、そんな時期におすすめが『食人族』です、とやりたかったのだが、もう終わってしまった、夏。
ただ、アイドルを追いつつもこういうものに目配せをしているので、これを自分の中では「バランスが取れている」と言う。
実に悪名高い作品。同時期に制作された「食人映画」というジャンルのものをいくつか観てみたのだが、映画的な完成度は本作がダントツ。
他の作品があまり出来のよくないホラードラマであることに対し、こちらはすでにフェイク・ドキュメンタリーの手法を導入している。ゆえに妙な生々しさがあり、当時日本でも大ヒットしたのだが、そのときに劇場で鑑賞した観客たちの衝撃はいかほどのものであったか、と思う。
アマゾンの奥地へ突撃取材した撮影クルーの消息が途絶えた。彼らの足跡をたどるために学者たちのチームが現地入りし、原住民と触れ合う。やがて撮影隊が残したフィルムを発見。そこに映っていたものは・・・という物語。
出演している部族の皆さんが本物のアマゾン原住民である。

差別や残酷描写でいっぱいの『食人族』だが、実は最も悪名を轟かせているのが動物虐待であり、その最たるものがカメを殺して食べるシーン。
他のシーンは既存のフッテージから拝借したものとしても、ここだけはガチ。
で、このシーンに「文明側の」アマゾン・日本のカスタマーから物言いがついた。
「私はみていないのですが」と前置きしつつ、「こういうシーンがあるのはよくないのではないか」との書き込みがあり、予約が始まっていた本作のブルーレイが発売中止になったという。
別リリースで発売は再開されたが、アマゾンの『食人族』のリンクはすべて削除されているらしい。
『食人族』は観た人が百パーセント「嫌な気持ちになる」映画だ。それは、観た自分が保障します。
ただそれよりもっと「嫌だなあ」と思うのは、「わたしはみていないんですけれども」「こういう場面がある映画ってダメですよね?」という匿名の書き込みにより、「それはよろしくないですね」と、簡単にひとつの作品が葬り去られてしまうということだ(この投稿者は日本にも「すっぽん料理」という文化があることを知らないのだろうか?)。
「作品を愛する」予約したファンたちはガッカリしたことだろう。自宅であの「嫌な気持ち」を堪能できる権利を奪われてしまったのだ。自腹で「ブルーレイ買うよ!」という人がたくさん居た中で、「買いもしない、観もしない、名前も名乗らない」たった一人の者が売り手と買い手の市場をチャラにした、というわけ。
実はカメのシーンを巡り、この作品はすでに裁判沙汰になっている。ただし監督の「たしかにカメは殺した。だが肉は全員で食べた」と答えて勝訴している。すでに「済んだ話」なんである。
他の動物も手にかけて、食べた。「魚しかいない環境で肉は必要だった」と答えられれば説得力もある。
しかも監督のルッジェロ・デオダートは「私だって動物殺しは嫌だったが、それがアジアに映画を売るための必須条件だった」と話している。
要するに当時の血に飢えた「残酷な観客たち」のニーズに応えるためのパートだった。
もちろん今の映画ファンはそんなものは望まないだろうが、当時のモラルはそんな感じだったのかなあ、くらいの想像力はあってもいいと思う。
そもそも常に命の危機に晒されているアマゾンの野生動物を「食った」ことが、本当に動物虐待なのだろうか?むしろたくさんの猫たちが虐待され死んでいったという噂のムツゴロウ監督『子猫物語』など、絶対に観たくないのだが。
本作に「彼らと我々、本当に野蛮なのはどちらか?」というセリフがあるが、それをそのままこのカスタマーに捧げたい。
『デビルマン』に登場する「人間を食う」カメのデーモン・ジンメンはこんなことを言う。
「だからオレは殺さずに食ったのさ!人間の感覚では生きものを食うのは悪いことじゃない。そうだろう?」

特筆すべきはリズ・オルトラーニによりサントラだったりする。
冒頭で流麗なメロディが流れ、作品とのギャップに思わず笑ってしまったのだが、文明人クルーによる原住民の家を焼き討ちするシーンにもこの曲が使用され、なかなかの皮肉になっている。ちなみにこれをテンポアップすると「徹子の部屋」のテーマになります。
本当に藁葺きの家を燃やしているので、よくぞこんなシーンが撮影できたもんだと思う。撮影スタッフと原住民たちのギブ&テイクが出来ていなければ到底無理だ。
そして『食人族』に衝撃を受けた若き日のイーライ・ロスがそのスピリットをバトンし、最高に愉快で最高にイカれた『グリーン・インフェルノ』を作った。本作の本当の価値はそこにあると思う。
忌まわしいものには忌まわしいなりの価値がある。それがたとえレンタル店で埃をかぶっているとしてもだ。
そうなんです。やたらと「こういうシーンがあるから封印しろ」ってのはダメなんです。「表現の自由」とは破壊描写や残酷描写、過激なギャグなど「エクストリームな表現」を守るためにある。「何丁目の夕陽」とかには必要のない言葉。
ホラーに「伝説の作品、ついに解禁!」とかいうキャッチは実はいらない。簡単に手に取れて「うひゃー」とか「くっだらねー」とか思えればそれでいい。もともとそういうジャンルのはずである。


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古本すうさい堂
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自称「吉祥寺の盲腸」、すうさい堂のだらだらした日常の綴り。
本を読むという行為は隠微なこと、悪いことを覚えるためのモノ。

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