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すうさい堂の頭脳偵察~ふざけてません。

【すうさい堂最新情報/極私的ツイッタァ】 ■■ 火曜と水曜が定休です。※店主が大昔に描いた絵を売り始めました。

火星ディスコスターマン



やはり理系が一番強いと、映画『オデッセイ』(2015)を観て思った@池袋文芸座。
監督は『エイリアン』『ブレードランナー』『ブラックレイン』『ハンニバル』などで知られるリドリー・スコット。
多作な人なので全部は追いかけられないが、この四作はどれも最高ですねえ。
事故で火星に一人だけ取り残されてしまった植物学者・ワトニー(マット・デイモン)が、科学の知識と能力で生き抜いてゆく。
これが自分みたいなゴミクズダメ文系人間だったら知識も計算力も(さんすうできない)行動力もないので、「ああもうダメだ死ぬ死ぬ死ぬ」とか散々愚図ったあげくボロボロで死ぬのである。
どうでもいいのだが、うちは本来理系の血筋のはずなのになんでオレはこうなのか?というのは常々疑問に思っているところ。ああもう死ぬ死ぬ死ぬ。

舞台は火星だが宇宙人もモンスター出てこなければ惑星戦争もない。それでは主人公は何をしているかというと、次の地球からの有人機が来るまで(四年後)生き延びるため、ジャガイモの栽培を始めるっていう。
万が一の場合にそなえ、彼はビデオレターを残すのだけど、それがあまり深刻にならずにどこかおちゃらけている。要するに火星が舞台のノリツッコミ。
細かいギャグは忘れてしまったが「ここではなにをやっても僕が一番乗り!」とか。
聴ける音楽は女性船長が残したディスコヒットのみ。というわけで水も食料も自分の命もヤバいという深刻な事態なのに、ずっとディスコが鳴り響いているというお笑い状況。
個人的に「現実と仮想現実の中でオレは一体誰なんだ?と悩む系SF」は頭がついていかないので(「トータルリコール」も「イグジステンズ」もダメでした!バカだ!)、この日常ベースのもっさり感はいい感じ。
そのうちNASAがワトニーを発見。地球の科学者との連係プレーによって彼は果たして帰還できるのか?という物語。
科学用語が多様されていてそこは難解だが、結局絵として見せてくれるので全然オッケー。全員がひとつのミッションに向けてがんばる。随所にギャグを散りばめてある。ホームドラマは省略。悪人は登場しないなど、『シン・ゴジラ』との共通点多数。
前半のワトニー火星日記が(あえて)ふざけ感満載なので、後半のマジミッションが生きる。これを観てると、ギャグを生むのは「冷静さ」だなあとつくづく思う。劇中、デビッド・ボウイの大名曲『スターマン』がかかるシーンがあるのですが、これはちょっと、というかかなりグッと来ます。
ラストに流れるのはディスコソングの大ヒット『恋のサバイバル』。火星の話で最後これかっ、ていう。
なはははの泣き笑い。
火星関連の映画としては、地球に飛来した火星人がなんの意味もなく人類を虐殺するコメディ『マーズ・アタック!』(ティム・バートンの最高傑作)と並ぶ名作。
ちなみにこの日は『デッドプール』と二本立てだったのだけれど、一回観たしあのオッペケペー映画によって余韻が台無しになる恐れがあると思い、ケチな自分には珍しく一本だけ鑑賞して帰宅したのだった。

あっ。終わってしまった。やはりいい話とか感動した話とかはくどくど書いてもしょうがないというか、ちょっと臭くなってしまう前に切るのがよいのであった。






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コメディ映画総ざらい



すうさい堂スクワッド大ヒット!すうさい堂店舗はちょうヒマ!店主寝すぎ!また悪夢見た。
ますます本を読まなくなっていく傾向の自分ですが、映画はものすごく観ている。で、それを書くことが一体何の役に立っているのかわかんなくなってきましたが、とりあえず本日も頭の中のどぶさらいをする。
最近、コメディに注目しているのですね。もちろん「ハートフル・コメディ」とかいう意味わかんないやつではなく、ブラックなやつ。とびきりブラックなコメディがみたい。『スーパー!』も『ホラー・シネマ・パラダイス』も、コメディの棚から発見した。本来はギャグについてあれこれ言うのも無粋であり、みた人が笑えればそれでいいのだ。サクサクいきましょう。

『ホット・ファズ~俺たちゃスーパーポリスメン』(2007)と『ワールズ・エンド~酔っぱらいが世界を救う!』(2013)は、ゾンビパロディの大傑作『ショーン・オブ・ザ・デッド』のエドガー・ライト監督。
「ショーン~」は大好きすぎるので別枠で書きたい気もするし、ひとこと「観ればいいじゃん」とだけ言っておきたい気もする。「ギャグってのはここまできれいに決まるもんなのか」と感心するくらいのキレキレ演出であり、グロさもまあまあ押さえ気味の、史上最もいい塩梅のゾンビ映画。
あ、ラストに流れるバズコックスがものすごく腑に落ちる!!
低予算だから、ゾンビメイクも全員がカラコンつけてるだけってのもいいですね。
この作品で「バカ二人」を演じたサイモン・ペッグ&ニック・フロストのコンビがそのまま上の二作にスライド。
サイモンは前作と違いロンドンの優秀な警察官。が、優秀すぎてやっかまれド田舎に転勤。まさにそこは平和な町で、何もなさ過ぎのため署内もダラダラムードで、誰もまともに仕事に取り組まない。
だが、あきらかにおかしな死亡事故が続き、捜査するサイモンが事実を掴んでいく。サスペンス仕立てでもあり、バイオレンス描写もあり、ちょいオカルトも入っていて、それを途切れないギャグで糊付けして進んでいくという大変素晴らしい作品。
ニックが前作から引き継ぐ形のアホアホ警官ぶり。足りない系を演じさせるとこの人は最高。あと白鳥シーンには悶絶。白鳥最高!
『ワールズ・エンド』でサイモンはアル中のダメ人間。高校時代の仲間を呼び出し、かつて挫折したビールの梯子(パブクロール)を無理矢理実行。ニックは一応カタギの役で登場。
なんだかんだパブを回っているとサイモンはトイレで若者と一悶着。実はそいつは身体を乗っ取られたロボットでした、というところでいきなり侵略SFな展開に。
かなり極端でストーリーで、前二作と比べたらちょっと硬くなっちゃったかな?という感じ。
しかし侵略者に対して放つ「地球をスタバ化すんじゃねえ!」というセリフは最高。すげえカッコいいメッセージだ。
そして、同級生のおっさんたちがずらりと並んでパブ通りを歩くシーンに流れるドアーズの「アラバマ・ソング」。もはや主題歌ですね。「次の酒場が見つからなけりゃ/俺たちは死ぬんだ」。
しかし「俺たちゃ~」「酔っぱらいが~」といったおちゃらけサブタイトルはいかがなものかと。
あのカッコいいストレイ・キャッツも「ごーいんDOWN TOWN」とかのセンスない邦題のおかげで長らく聞かず嫌いであった。

『バッド・マイロ』(2014)。尻の穴より生まれ、尻の穴に帰るモンスター、バッド・マイロ!
気弱な会社員の主人公は元々お腹が弱いのだが、リストラ係に転勤させられらおかげでストレスも最高潮に。そのストレスから生まれたのがマイロと名付けられた「動く腫瘍」であり、ストレスの原因となった者たちを次々とぶっ殺していく。
もう完成した時点で残念賞は確実というしょうがない作品だが、ちゃんと作ってるから偉いと思う。
黒目勝ちなマイロがかわいい。怒ってるときもいいが、宿主になついて「くーん」となってるところがかわいい。
だが主演俳優!こんなお下劣な作品に出ているのに尻のひとつも見せないとはどういうことか。
ズボン履きっぱなしじゃマイロ君が帰って来られないだろう!という一点は気になったのだった。

『ネイバーズ』(2014)。マイホームを手に入れ子供も生まれたばかりの夫婦の真横に、学生のパーティーサークルが引っ越してくる。最初はマリファナなんかを振舞ってうまくやっていこうとするが、連日のどんちゃん騒ぎであっという間に両者の仲は険悪になり、夫婦は「大人の悪知恵」で学生サークルをぶっ潰そうとするドタバタコメディ。
R18指定なので、どんな過激な内容かと思ったら、「下ネタが多すぎてお子様にはみせられない」ということでした。はっはっはっ。
人も死なないしハッピーエンドなので、割りと普通におすすめです。

『ゾンビ処刑人』(2009)。まだあるよゾンビもの。これは隠れた名作。一押し。
軍人のバートはイラクで殉死。故郷に埋葬されるが、なぜか蘇って(説明なし)墓から抜け出し、親友のジョーイのもとを尋ねる。
で、「なんでお前生きてんの?」「俺もわかんねーよ!」といったやりとりがあり、バートは血を飲まないと死んでしまう(死んでしまう?)ことが判明。
最初はホームレスの血を吸おうとするのだが案外彼らもかたくなであり、そのうち強盗に遭遇。この強盗をゾンビパワーで撃退し血を吸ったら、身体にも生気がみなぎり、いい感じ。
じゃあ悪い奴らをぶっ殺して血を吸えばいいんじゃね?ということで、二人の自警団活動が始まる。
自警団とはいいつつも、相手から銃や現金やヤクをくすねたりしているので、ジャスティス感はゼロ。
そしてジョーイが撃たれて死んでしまうが、バートが彼の血を吸ってゾンビとして蘇生。ゾンビ・バディの誕生。
後半、話は悲劇的な方向に向かう。ここから先はネタバレ承知で書いてしまいます。
首だけになったジョーイがバートと喋ろうとするが、声が出ない(なんか理にかなってる!)。
するとバートは引き出しからバイブ(大人のおもちゃ)を出し、それをジョーイの首に当てて拡声器として使い、最後のコミュニケーションをする。
あっ。これは究極の悲喜劇ではないか。バカバカしいにも程があるが、悲しみはすげえ伝わる名シーンなのだ。
ゾンビといえど「血を吸う」のみなのでそれほどエグい描写はない。原題は「The Revenant」。
同じタイトルでもうちょっとまともな映画があった気がします。

うーむ、やっぱり無粋でした。




ショウ・マスト・ゴー・オン



『ニュー・シネマ・パラダイス』という映画があって、かなり昔に観たはずなのだが、まったく何にも覚えてない。まあ、観た人は端から泣き崩れていくという伝説の恐ろしい作品であるようだ。
そもそも「泣ける映画」って何なのでしょう。泣けるという評判を聞きベタな展開にスイッチを押されてみんなで泣き「アー泣いた泣いたよかったあー」と劇場を出る。?????
不意打ちを食らって涙が出るのは理解できるのだけど、「さあ泣かせろさあ泣くぞ俺様は泣きに来たのだからもし泣けなかったら金かえせ」という意気込みで鑑賞するのであれば、もう一生映画なんか観なくていいよと言いたい。
だいたい人が泣きスタンダード映画(泣きスタ)を指し、「あれは泣けるよーっ」と発言するときの「自分は真人間だよーっ」と言いたげな空気、
「自分は本当にいいものを知っていてすごいでしょう?」と言いたげな高飛車な匂いは何なのあれ?
共通認識を強引に迫ってくる感じが最悪。
よって「全米が泣いた」とか(え?全米?)「感動の実話ヒューマン・ドラマ」等の謳い文句を付けられたものはすべてスルーさせて頂く方向である。観客がピーピー泣いているのをCMに使うような志が低い作品も然り。
そういえばツタヤの「親子で感動」コーナーに『スタンド・バイ・ミー』が置いてあって驚いたのだが、「あれを親子で観るってのもちょっといいかもね」と思い直した。
ちなみにスティーブン・キングの原作タイトルは「THE BODY」(死体)であり、タイトルをベン・E・キングのヒット曲と同じに変更し、それを最後に使うというのは映画制作陣のセンスによるものだ。
ラストに流れるのがロバート・ジョンソンとかのドロドロのブルースだったりしたら(むしろそっちのほうが内容に合ってる気もするが)、かなり映画の印象も違っていたはず。
原作にはゲロもヒルも出てきて「そこをちゃんと映像化した」という点が一番信用できる。自分にとっては『ブルー・ベルベット』に近い作品。

『ホラー・シネマ・パラダイス』(2010)という作品があり、これは「ニュー・シネマ~」とリンクさせた邦題なのだが、原題は「ALL ABOUT EVIL(邪悪のすべて)」であり、当然こちらのほうがカッコいい。
オープニングで次々に映し出されるレトロなホラーやSF映画のポスター。問答無用にカッコいい。
主人公のデボラ・デニスは昼間は図書館で働きながら、父親が残したホラー映画専門館を経営している。夕方までは図書館員で、そのあとに支配人としてレイトショーを上映するというスタイルのようだ。
同僚のおばさんからは「ホラー専門の深夜映画館なんてまともじゃない。気持ちはわかるけどあそこに未来はない」と言われる。が、デボラは「父は劇場にすべての情熱を注ぎ込んだ。父は映画と劇場を愛していた。ショーは終わらない!」と、半ベソでおばさんに宣言。
正直に書くと、この冒頭シーンで不意打ちを食らってボロ泣きしました。
今夜の上映は『血の祝祭日』。くっ。スプラッタ映画の第一号であり、邦画における『男はつらいよ』の一作目と同じようなポジション、と書けばその重要性が伝わりますでしょうか?
足しげく劇場に通うホラーマニアのイケメン高校生・スティーブンとデボラは懇意だ。
上映直前、デボラは映画なんかにひとつも愛情を持っていない母親と「映画館を売れ」「絶対に売らない」と口論になり、衝動的に彼女を殺してしまう。
そして映画が始まらないので観客が騒ぎ出し、ずっと劇場に仕えている映写技師もたまたま留守でしたので、素人であるデボラは機材をガチャガチャいじりまわしていたら、先ほどの殺人シーンの録画が劇場に大写しとなり、それを観たスティーブンをはじめとする客たちが「すげえ!」と大興奮。
かくしてデボラは映写技師(どうやら潜在的なサイコじじい)や、街でスカウトしたサイコ兄ちゃん(矯正リングがクール)、精神病院を出たばかりの双子の殺人鬼姉妹(カッコかわいい)をスカウトして彼らをクルーに従え、次々と実際に殺人を犯しては撮影し、それを短編映画として上映すると続々ファンが劇場に詰めかけ、デボラはカルト映画監督として一躍、時の人となったのであった。

ええと、冒頭が素晴らしかったのであれなのだが、どうにも乗り切らない話であった。
そもそも目の肥えたホラーファンがパチモンのスナッフ・フィルムみたいなものに熱狂するってのが腑に落ちない。これは声を大にして言いたいのだが、ホラー・ムービーのファンはスナッフ・フィルムのマニアとイコールではないんだよ!
意外と思われるかも知れないが我々はちゃんとストーリーを追っており、そこでフックとして使われるショック描写に笑ったりゾッとしたりしている。
本当に残虐な場面が好きなら、ネットで首切り動画でも見ていればよろしい。
どうもいろいろ混同されると困っちゃうのだが、「ホラー映画の存在すら許せない」という人は(実際、80年代イギリスではビデオ・ナスティというバカ検閲機関のおかげで、店頭からホラーが姿を消した事がある)一度、劇場に足を運んでみればよい。
上映後、友達同士もカップルもみんなニコニコしながら出てくるから。ピース。

と、マイナス査定の作品なのだが、デボラの犯罪を知ったスティーブンが「お父さんはホラー映画を愛していた。それなのに君はなんだ。(自分はさんざん楽しんでたくせに)君に才能なんかない!」とキレるシーンがあるのでまあいいや。まあ許す!
そしてホラー好きというだけでスティーブンをテロリスト呼ばわりし、一連の事件を「犯人はあの生徒です!」と勝手に騒ぐ担任の女教師を一番バカっぽく描いていることには好感度大。バーカ!
コスプレ映画としてもイケてるし(特に双子姉妹がオシャレ)、かのジョン・ウォーターズ御大も絶賛とのこと。あと、スティーブンの友人であるヒロイン(恋人ではない)が、本当にかわいくない!なぜかというと嶋田久作にそっくりだから!
エンドロールにもこれまたカッコいいポスターが次々に現われては消えるのだけれど、よく見ると「フィルム・バイ・デボラ・デニス」とクレジットされていて、どうやらデボラが制作したという設定の「架空の映画ポスター」のようだ。
マニアックである。そして劇中に登場するディヴァインみたいなドラァグ・クーン、実はこの人が監督さん。
ショーは終わらないを地で行く人のようだ。うーむしょうがない。許す!


ドライブ・アングリー中二



ひょっとしたら今も含め2000年代以降が、映画が最も充実している時代なのではないかと、最近思う。
50年代も60年代も70年代も革命は起こっていたが、80年代でドーンときて90年代がパーンなんつって(業界人みたいだが。しかしその周辺にいた人は本当にこういう喋り方をするのです)、2000年代はそれまでの貯金が爆発しているというか、ジャンル映画がかなり発掘されたので、それを観た連中が「オレもこんなの作る!」と、さらにメチャクチャをやり出したような。
ということで、いわゆる名作は「後回しでいい」と思う。それらは「教養」なので。
現在2016年。観るべき作品は困るほどある。刀鍛冶じゃないが鉄は熱いうちに打つべし。
面白いことは映画の中にしかないんだよな~としみじみ思う。もともと大していいこともないマイライフ、ま、そんなに悪いことさえなければ。

『ドライブ・アングリー』(2011)は実に志の高い作品。全編を覆ういわゆる中二感覚(下手したら小五くらい)を、立派な大人がちゃんと作っているからだ。
さていきなりネタバレですが、これはわかって観たほうが面白いはず。
主人公ミルトン(ニコラス・ケイジ)は「悪魔教の教祖に奪われた自分の娘を取り戻すために地獄から脱獄した死者」で、彼を追う「一応FBIと名乗る黒服男(ウィリアム・フィクナー)」は「死神」なのです!
ミルトンはピストルの弾が頭を貫通しても死なずにピンピンしている。そこにわき上がる「なんで?」の疑問が「オレは死んでるからだ」の一言で解決するという大風呂敷。
死神が放つ「言うこときかないとリストに加えるぞ!」や、二人組の若者に対し「次に会うのは君が70歳の時だが、・・・君は3日後だ」といった謎のセリフもわかっていれば「なるほど」と思う。
特に自分はこの飄々とした死神さんが好きで、カーステで有名なディスコヒットを聴きながら(ハミングしつつ)、水素ボンベを積んだ車で突っ込んでくるシーンは最高である。
そしてミルトンことニコラス・ケイジは(いきますよ!)「女と合体(ファック)したまま、襲って来る男たちを次々と射殺して返り討ちにする」という一世一代の名シーンがある。
しかも服も脱がずグラサン着用、さらに葉巻を咥えつつジャックダニエルをラッパ飲みという男らしさ!
松田優作の「メシ食いながらファック」や内田裕也の「ロールパン咥えながらのシャワー浴び」を越えるカッコよさである。
ミルトンと行動を共にする、ちょいビッチブロンド美人のアンバー・ハードもピチピチでよい。

この作品は『ドライブ・アングリー3D』として劇場公開。なのでやたらといろんなものが飛んでくるのだが、特に困ったのが死神が投げるコイン。
普通は投げたコインを受け取め「表か裏か、どっちか選びな!」みたいな展開になりますけど、本作はコインを投げる→受け止める→FBIの証明書を堂々と掲げるというギミックな流れで、ひとつでも多くの3Dを観客に楽しんで頂きたいというサービス精神なのだろうけど、うーん、バカみたい。
まあともかく、中二感覚とともに映画は疾走し、クライマックスはミルトンと教祖の対決となって、彼も人間じゃないので、ラストは大爆発します(多分劇場だとここも3D)。
粉々になった教祖の頭蓋骨で勝利の酒を飲むニコラス・ケイジがとてもクールだ(中二的には)。
どうやら興行的にはコケたらしいけど、『ドライブ・アングリー』の中学生スピリッツは永遠である。
「あのころの未来にあんたらは立っているのか?」と問われているようだ。


スーパーふつう!!



自分を信じて~歩いていくのよ~とか、Jポップの歌詞は相変わらずそんなのばっかりで、完全に底が尽いてるというか、聴く方の感性がシンプルすぎるのか、もう本当にどうしようもない。聞こえがいいフレーズをループするのみ。
ちなみにそのフレーズとは「君を守りたい」「つないだ手を離さない」「隣で笑っていて」「同じ歩幅で」「出会えたキセキ」の五つ。
これらを使い回して「新曲」としているだけのどんづまり状態。まったく誠実さのかけらもない。
「僕らきっと強くなれるよ~」とかってのもあるな。しかも女の子に歌わせるんだよな。
もはや音楽じゃなくてデータである。ああそうか、「いかものがかり」や「ドブクロ」は、プログラマーとしては有能なのだろう。
あっファンキー下等!ろくでなしじゃんか。あのいかにもぼくイノセントだよといった歌唱に以前からイラついてはいたのだが大人なので黙ってました。
さわやか好青年に会うと「きっとこの人は鬼畜か変態に違いない。女子をぶん殴るか女子のシッコが好きかの二択だ」と思っていたので、それが件の騒ぎで確信になる。

といった、くだらないものとは真逆の、誠実さで満ち溢れている作品が2010年の映画『スーパー!』なのだった。
まずオープニングのアニメーションが素晴らしい。ちびまる子ちゃんといい勝負のチープな絵だが、70年代パワーポップ風の楽曲に乗せてスピード感は抜群。
悪役のケヴィン・ベーコンが串刺しにされてグッチャグチャになり、そこに立ち上がる「SUPER」のタイトル。最高だ。
幼児虐待や動物虐待も描かれ、それを行っている連中が主人公のヒーロー「クリムゾンボルト」によってグッチャグチャにぶっ殺される。
さらには敵も味方も殺す側も殺される側も一丸となってのダンス!感動的だ。
最後は全員、息が上がってゼイゼイ言っている。大人の鑑賞に堪えるアニメとはこういうもののことを指す。30回くらい観ちゃった。

主人公はコックのフランク(レイン・ウィルソン)。彼の人生の最高の瞬間は、美しい妻・サラ(リヴ・タイラー)と結婚できたこと。街で、逃走する犯人を追いかける警察官に「あっちです!」と教えたこと。以上!
これを絵に描いて壁に貼る。他にはろくな思い出がないが、このふたつがあれば生きていける。
ところがサラはかつてジャンキーだったので、イケメンのドラッグディーラー・ジョック(ケヴィン・ベーコン)の元に走り失踪してしまう。
フランクとジョックのファーストコンタクトが印象的。ぷらっとフランク宅に現われたジョックが「サラは?」。
いきなり人んちに上がりこんで人んちの嫁は何処だ?って話もないもんだとは思うが、フランクが調理中だったスクランブルエッグをご馳走になり「マジうめえ!あんたは卵料理の天才だ!」と絶賛。どうやら、根っからの悪人でもないみたいだ。
サラがいなくなったフランクは絶望するが、テレビのヒーロー番組「ホーリー・アベンジャー」(内容はほぼ「おはようこどもショー」)を観て神の啓示を受け(このシーンえぐいです)、自主制作なヒーロー「クリムゾンボルト」となり、サラを取り戻すためと街の悪を退治するために活動を開始する。

とはいえフランクは普通のおっさんなので、悪がどこにいるのかもわからず、まずはヒーローの研究をせねばならんと、アメコミを購入しに赴き、書店員のリビー(エレン・ペイジ)と知り合う。
で。これが問題なんだが、クリムゾンボルトとしての武器がでかいレンチなんである。
真っ赤なコスプレの大男がレンチで相手の頭をかち割って回っているという、端から見たら「マジキチ」。
しかも映画の行列に割り込みをしたカップルを注意したがコケにされ、わざわざクリムゾンの格好で現われ、二人の頭をレンチでかち割る(もちろん女性も!)という暴挙に出る。相手の男には「お前さっきの奴だろ!」とバレバレなので、着替える意味もなかったりする。

クリムゾンボルトの行動がニュースになったのち、書店員のリビーが正体を見抜き、自分も一緒に活動したいと、これまたやっすい衣装に身を包んだ女子ヒーロー「ボルティ」が誕生。
ところが、ボルティになることでリビーの残酷でサディスティックな本性が開花。とにかく人をボコりたくてしょうがないので「あいつは車に傷をつけた!悪人よ!」とフランクをそそのかし、相手の家で暴れた上、タガがはずれてあやうく殺そうとする。さすがにフランクもドン引き。
さらには敵といえども車で体当たりして「脚が粉々!きゃはははは!!」と高笑い。やべ、っていうか、もう最高。
二人はジョックのアジトに潜入し、サラの奪還作戦を実行することになるのだが、そのきっかけってのが、気分が悪くなったフランクが便器にゲロを吐き、そのゲロからサラの顔が立ち上がり「フランク・・・・」と呟くという、もうどうしようもなく最低なギャグ。
そこから先は血みどろのバイオレンス。最終的にジョックとフランクが向き合うことになる。
「オレを殺っても何も変わらない」と言うジョックに対しフランクは、「麻薬も割り込みも悪だ!」と自分を奮い立たせ、彼を殺すのである。でも・・・・やるんだよ!

この作品の原題は「SUPER」であって、日本では気を使って「スーパー!」になっているけど、スーパー・・・・なんなの?かもよくわからないくらい、「普通の人」しか出てこないのだ。
普通のコックとその妻、普通のマンガ売り女子、それ以上でも以下でもないであろう麻薬密売人が織り成す、普通の男が自分の信念に基づきムチャクチャをやりつつも妻を取り戻すという物語。
サラは最終的にフランクから去る。残された彼は壁一杯に今までの思い出を絵にして飾る。
切ないラストだけど、「このおじさんはもう過去に生きるしかないのかなあ」と思うと、さらに切ない。

監督のジェームス・ガンは低予算悪趣味映画の会社「トロマ」出身なので、さすがエンタメ精神がぶち込まれているなあと思う。
ちょっと前に観た『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014)も撮っていたのだな、知らなかった。
こちらもスペースオペラとギャグのバランスが秀逸な名作。
ほぼ犯罪者の連中が団結して地球を守るというアメコミ原作ものだが、主人公「スターロード」の宝物が(母親の形見の)「70年代ヒット曲ミックステープが入ったウォークマン」ってのが良いし、宇宙アライグマ「ロケット」(性格が悪い)と宇宙木人「グルート」(頭は悪い)とのコンビもいい。
まさかアライグマに泣かされそうになるとは思わなかったよ。







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HN:
すうさい堂主人
性別:
男性
職業:
古本すうさい堂
自己紹介:
自称「吉祥寺の盲腸」、すうさい堂のだらだらした日常の綴り。
本を読むという行為は隠微なこと、悪いことを覚えるためのモノ。

180-0004
武蔵野市吉祥寺本町1-28-3 
ジャルダン吉祥寺103

0422-22-1813

【営業時間】
月・木・金・土・日・祝日/13時~20時
【定休日】
火曜・水耀

東京都公安委員会許可304420105129号

メールはこちらまで suicidou@ybb.ne.jp

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