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すうさい堂の頭脳偵察~ふざけてません。

すうさい堂は閉店しました。17年間ありがとうございました。

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不幸な人形の家へようこそ



ツジジンセーは後に嫁となるナカヤマミホとの初対面時に「やっと逢えたね」と言ったそうだが、ようやく鑑賞できたトッド・ソロンズのデビュー作『ウェルカム・ドールハウス』(95)。やっと、観れたね。
これは「リアルな」学校と家庭の物語。そしてリアルな不幸の物語でもある。「凡庸の中にこそ不幸がある」といったような。
主人公ドーンは兄と妹の真ん中に挟まれた中学生。いわゆる「メガネブス」。まあ、最初から最後までブスブス言われてるんで、そういうことにしましょう(ひどい@@@)。
兄はそこそこ勉強ができる、妹は可愛らしくどうやら世渡り上手で、いつもバレエを踊っている。両親の愛情もここに集中。
果たしてドーンは、特別取り柄もなく、メガネブスなので、男女問わずクラスからバカにされている。
彼女を慕う年下の少年もいるが、彼は「オカマ」呼ばわりされてバカにされているので、お気に召してはいない様子。ここで二人が団結して事を起こせばそれは美しいしファンタジーだけど、リアルな物語ではそうはならない。弱い者は自分より弱い者を、やっぱりバカにしているから。イケてない奴と一緒に見られるのは嫌なのだ。

兄はバンドをやっている。が、兄担当のクラリネット・オルガン・ドラムという「テキトーに楽器ができるのを集めてみました」といった風情。彼らが演奏する「サティスファクション」のへっぽこぶりは絶品。
そこへなぜかイケメンのギターボーカルが加入。メガネブス、あ、いやいや、ドーンは一発で恋に落ちる。
「女の子はやっぱしルックスがいい人が好き!」という古今東西の定石。しかし、イケメンのバンドマンはモテモテのヤリチン、というのも古今東西の定石。メガネブス、あ、いやいや、ドーンの恋は静かに玉砕する。
ドーンの冴えない日常は続く。彼女は健康だし家庭もそこそこ裕福なようだが、どうにもこうにも不幸だ。
そういう種類の不幸は確実にある。少なくとも彼女の放つ全てから(へんてこなセンスのファッションも含め)、「ハッピー」というワードがまるで見えない。ぬるーい地獄がいつまで続くやら。
そこに起こった「可愛い妹」の誘拐事件。両親は憔悴し、父親はベッドで寝込んでしまう。
ドーンは父の枕元に行き、「ミッシー(妹)がダメでも・・・・私たちがいるわ」と励ます(・・・励ます??)のだが、父の反応は日本語で表すと「んがぐぐ・・・・」@@@@@@@@@@@@@@@
この兄弟構成であれば、親のリアルな反応は確実にこんなであろう。正直に真実を切り取った瞬間なのだ。
ドーンは妹の捜索をするため家出する。しばらくして家に電話してみると兄が出て「ミッシーは見つかったぞ。で、お前は何やってるんだ?」
まあ、この時のドーンの心情は「あのー、自分はどーでもいいんスか・・・・・?」といったところでしょうか。

事件が無事に解決し、ドーンは学校のスピーチ大会で事の顛末を語る。が、いつのまのやら生徒たちから起こる「ブス!」「ドブス!!」の大合唱@@@@@@@@。
ラストの兄との会話でドーンは「ディズニーワールドには行かない(修学旅行のことだろうか?)」と言うが、兄の答えは「行かないと内申書に響くぞ」。
生徒たちが楽しげに合唱するバスの中、ドーンひとり、苦虫を噛み潰したような表情で合唱に参加している。
そうなのだ。修学旅行や林間学校は大多数にとっては「楽しい青春の一ページ」かも知れないけれど、ひとりでいたい、何よりもこの世で最も大嫌いな「クラスメート」と一緒に何日間も過ごさねばならないのか?と思っている者にとっては、最悪な地獄だ。
この事実を知ろうとしないから、学校側はいつまでたってもいじめをスルーする。
はぐれ者が自滅する様を見せればそれはカタルシスでもあるが、トッド・ソロンズはこまこまと「どこにでもあって、誰にも見えていない不幸」をスケッチする。
『ウェルカム・ドールハウス』は「無い」とされている不幸を(事件や事故、病気や生い立ちにまつわることだけが不幸ではない)「あるんだよ!!」と見せつけてくれた。
それが「誠実」ということであり、トッド・ソロンズ作品の魅力である。実は彼の全作品を観たので、これから伝道していくのだー、という大きなお世話な予告で〆。

〆、じゃなかった。ドーン役の「ヘザー・マタラッツォ」で検索してみたら、ずーっと自分が最高最高と言い続けてる『ホステル2』で、全裸で逆さに吊られて首を切られて殺されるイケてない女子役で出演していたのでした。ドーンの人生は(ドーンじゃないけど)やはり不幸なのだった。はっはっはっ。



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ソーセージ御一行様・御乱交パーティー



少し前にアニメファンがアニメについて語り合い、司会の中居君が内容について行けずに困るというテレビ番組をやっていた。まあこちらも、ソンガンホとかパクチャヌクとかの一般には意味不明な単語を撒き散らしてるから一緒なのだよなあと思ったのけど、いや、アニオタの人は「アニメという引出しの中だけでアニメを語っている」から伝わりづらいというか、閉鎖的に見えると気づいた。
結局オタでもブレイクするのは、一般の人にも伝えられる言葉を持っている人で、好き嫌いはあると思うのだが、唐沢俊一とか岡田斗司夫といった人たちなんである。
その点サブカルは「無駄に引出しがある」ので、あさっての方向からこっちとこっちを強引に結びつけたりという荒業が出来たりする。みうらじゅん御大(還暦!)のポジションが揺るがないのはそのあたりの事情も大きく、彼が紹介するものを手に取るかどうかはともかく、彼が書く紹介文などは確実に面白い。
個人的に昨今のアニメは、その収まりの良さが収まりが悪い。まず絵ですな。大絶賛&大ヒットの『君●名■』がまったく観る気がおきない。殺菌室に監禁されてるような感じ?もうゲロ吐きそう。
昔観ていたアニメは、その当時の声優さんがずーっと現役で仕事をされていて、本来声優という仕事はものすごく息の長い職業なんである。基本的には公に顔出しをしないということで、実年齢が特定されない。
「声だけで勝負する」というプロフェッショナルだったはずだが、最近のアイドルみたいなグッドルッキンさも込みで仕事をしている声優さんが果たして、とか、いや、別にぜんぜん知らないからいいや。
とはいえ。一番人気があるらしい、わざとらしいキンキン声を必殺技としている某声優。たまに耳にすると虫唾が走る。ゲロ吐きそう。
しかしながらアニメ業界が生み出す莫大な売り上げとサブカル業界のそれとは桁違いなのだなと思い直し、やはりサブカルは負けるのだった。

ところが洋画に関しては、もちろんディズニーがいいとこどりなのだろうけど、オルタナティブな尖兵というのが確実にいる。
『ソーセージ・パーティー』(2017)というCGアニメがある。擬人化された食材たちが大変かわいらしいですね。
実はR15指定作品。内容は完全にイカれてる。
主人公は「ソーセージ」のフランク(日本人から見れば「ウィンナー」だが)。恋人は「ホットドッグ用パン」のブレッド。彼らはスーパーで売られている商品であり、ここから取り出してもらえれば「楽園に行ける」と信じている。最初は「僕たちを選んで連れてって~」みたいな歌で始まるミュージカル仕立て。めっちゃ楽しそうなイントロ。
が、即効で下ネタな会話が始まった辺りでわかるのだが、ソーセージは男性で、パンは女性の象徴なのだ。特に妙に艶かしいブレッドの顔は、ぶっちゃけ完全に「女性器の擬人化」である。
ある日返品されてきた「ハニーマスタード」がアジテーションする。「みんなだまされるな!外は地獄だ!」。
それに聞く耳を持たない一同は「選ばれた!」とカゴの中で大喜びだが、再度運ばれたマスタードが脱出を試み、カゴから全員が飛び出してしまう。
その中にはビデも乗っており(膣内洗浄器・・・・)、落ちたショックでノズルをダメにされてしまった彼は「凶悪なビデ(凶悪な膣内洗浄器・・・・)」として、暴君となるのだ(つ、ついていけてますか?)。
結局、客に買われていった一同はわくわくしているが、次の瞬間から始まる大虐殺。
じゃがいもは皮を剥かれて釜茹で!ソーセージは直接口で噛み砕かれる!その他、粉砕!蒸し焼き!切断etc!この世の地獄だ!食材目線で見れば!!
「まったくとんでもないアニメがあったものだ」と感動もひとしおだが、実は「宗教」「殉教」というものに対するブラックな皮肉になっている。信じるものに身を捧げたら最悪な地獄が待っていた、なんてことは歴史上何度も繰り返されてきた。
キャラククターも先住民やイスラム系や同性愛者などの「マイノリティ」が登場し(もちろん食材)、一応エログロだけど、ナンセンスなわけではないのだった。
どうにか逃げ出したフランクは、スーパーに戻って一同に武装発起を呼びかける。
かくして、たまたまそこに居合わせた客たちは、生鮮やシリアルや冷凍食品や調味料などによって「粛清」されてしまうのである。
「人間のジャンキー」も登場してガチの炙りをキめるし、「食材たちによる勝利の乱交パーティー」には開いた口がふさがらない。
CGの無駄遣い?そこがいいんじゃない!(←みうらじゅんさんは何十年、この言葉を言い続けているのだろう?リスペクト!)
フランクの声を当てているのは激渋バリトンボイスのセス・ローゲンであり、脚本/制作にも関わっているので、この兄貴のクレジットがあるものは信用できる。
吹き替えもよかったですよ。下ネタもなんのそのというベテランの風格で。アイドルちゃんにこれは出来まい。
保護者の方におかれましては、ついうっかりディズニーものと一緒にレンタルしてしまい、お子様とご一緒に鑑賞などされますと、大変面白い状況になるかと思われます。


太陽と悪魔、「ビー・デビル」



シバラマー!んー、なんか違う。しばらまー!←ひらがなのほうがかわいいな。
「しばらま」とは韓国語で「FUCK OFF」に相当する言葉である。ファックはもう使われすぎた。ナウなヤングの諸君のハートにインするのはこれからは「しばらまー!」ではないか。この言葉で世のゴキブリ野郎をダメージ!
つまり毎週韓国映画を観ているのだけど、ちゃんと覚えた言葉はこれだけっていう。ほんと、どうしょうもないしばらま人間です。
韓国にもラブコメやメロドラマがあるということなんですが、自分が愛好するのは「しばらま度が高い」ものである。だいぶ溜まってきたのでそろそろ頭の整理をせんといかんのだ。
『殺人の追憶』(監督/ポン・ジュノ・2003)は警察のしばらま度を描いた作品。「警察内部の腐敗を告発する!」というよりは、徹底的に警察や刑事をバカにしている。
実際にあった女性の連続殺人事件をモデルにしているらしいが、主人公の刑事(ソン・ガンホ。ソン様)はとにかく犯人を捏造することに夢中。
テキトーな報告を真に受けて知的障害者の青年をしょっぴく。相方の刑事はさらにキれやすく、特技は跳び蹴り(とびげりデカ)。
なんとか彼を犯人に仕立てようと二人でがんばっていたところ、ソウルから切れ者の刑事が赴任。彼の推理で青年はシロとされ釈放。
面白くないのはソン様で、ソウル刑事に向かって「お前、デカのくせに頭なんか使ってんじゃねえよ」。ありえねぇ。
捜査は振り出しに戻り、ソン様は「現場に陰毛が落ちていない。きっと犯人はパイパンです」。
とびげりデカも「それならば近くにがあるので当たってみましょう」と、パイパンの意味すらもあさっての方向へ。しかもソン様は銭湯に入り浸り一人一人の股間をチェック(バカ)。
殺人事件をテーマとしながらも、映画の半分はこんな感じで、ブラックコメディと言っても差し支えない。犯人だと思ったら単に現場でオナニーするのが好きな変態だったりとか。
ところが後半、犯人らしき男が登場したあたりでムードが一変してミステリー仕立てになる。
なのですが、理詰めで映画を読み解いていくタイプのミステリーファンが鑑賞すると「はあ?」となりそうなので書いてしまうけど、結局犯人は不明のままなのです。そして、さらなるバッドエンドが待っている。




さて韓国バイオレンス映画の白眉、『ビー・デビル』(2010)。
「恨流」でタイトルに「デビル」がついてるときた日にゃ、観ないわけにはいかんのだ。ジャケットやポスターの「鎌を振り上げた女性のシルエット」が大変カッコいい。
主人公は二人いて、一人はソウルの銀行員・ヘヴォン。彼女はレイプ事件の目撃者だが、危うきには近寄らずで、証言について積極的ではない。仕事場でのイライラもピークに達し、休暇を取らされ故郷の離れ島へ向かう。
待っていたのは幼馴染のボンナム。結婚して10才くらいの娘もいるが、旦那は白昼堂々と女を買うわ、姑はその行為も認めるわ、数人しかいない島民(ババアとクズ男)から、人としての尊厳を踏みつけ続けられる生活をしている。彼女は島を出たことがないので、それが三十年。しかも旦那は娘と近親相姦している。
ボンナムはヘヴォンが帰ってきてくれたことは嬉しいのだが、腹を決めて「自分と子供をソウルへ連れて行ってくれ」と頼む。が、島民たちに見つかり、旦那がはずみで娘を死なせてしまう。
結局検察もうやむやになり、ヘヴォンも「寝ていたからわからない」と証言しない。
しばらくボンナムは娘の墓土を足でなめしたり(庭に穴掘って埋めただけ)農作業に従事している。
が、作業の合間に水をぐびぐびと飲んで一言、「太陽を見ていたら答えがわかった」。
直後に始まる島民への怒りのリベンジ・大虐殺。つまり「自分のやるべきことはこのしばらまな奴らを全員ぶち殺すこと」と悟る。正解である。
このロス時間について、監督のチャン・チョルスは特典インタビューで「復讐のタイミングを遅らせたのは、それがリアルだから。娘が殺されたすぐ後に行動を起こすのはリアリティがない」と答えている。
姑を殺すシーンは、ほとんどブラックジョーク。この監督さんは日本映画が好きで留学もしているのだが、吉本新喜劇見たでしょ?と言いたくなるくらい、池野めだかチックな死にざまであった。ははは。
さらに旦那を追いつめるボンナム。しかも、かなりマヌケな展開でありつつも、ザクザク切りつけるような残酷な殺しを見せつける。
「こいつにはカッコつけて死なせることも許さん!」という、観るもの誰もが思っていることを実行してくれるので、最高だ。
さて本作はまだまだ一波乱あり、最終的に観客は真摯なメッセージを受け取ることになる。実にちゃんとした作品である。
まあ悪魔とかデビルとかがタイトルについてる作品の全部が面白いわけではないのだが、これは「大当たりデビル」でした。

恨パイヤ、「渇き」



韓流と書いて「はんりゅう」と読むのだけど、自分の場合は「恨流」である。とにかくネガティブな感情を思い切りぶつけてくるものだから、観た韓国映画には外れがない。ゆえにダメな人にはまったくダメで好き嫌いが激しく分かれると思う。「暴力(バイオレンス)」や「愛(ラブ)」はあっても(愛ゆえの暴力だったりする)「平和(ピース)」がない。
ちなみに韓国映画を「まあまあだった」とか言ってる人は頭がボケてます。
一番の重鎮はキム・ギドクってことになるのかも知れないけど、個人的にはかなり重い。といっても『メビウス』しか観ていないのだが、これは「登場人物がコチンを切ったり切られたりする無言劇」という大変イカれた内容なので、この人の作品はもうちょい後回しでいいかなと思ってしまったのだった。
好みはパク・チャヌク作品なのかなと思う。「復讐三部作」で知られる監督だが、新参者がなんだかんだ言うの今さらどうかと思うのでザックリひとこと。
『復讐者に憐れみを(2002)』。あっちもこっちも復讐バトルロワイヤル!全員惨殺!
『オールドボーイ(2003)』。その口あんぐりな内容にタランティーノから江頭2:50まで衝撃を与える!
『親切なクムジャさん(2005)』。これぞ恨流!「アイツ」を捕まえてからが長い。そう簡単には殺さない!
しかもこの人は子供を殺すような描写も平気で入れてくる残酷な作風だが、ちょいちょいギャグもぶっこんでくるからタチが悪い(そこがすき)。ターゲットを処刑した後に全員が「お疲れ様でしたー」って感じでケーキ食ったりとか。
それを端的に表しているのがオムニバスの『美しい夜、残酷な朝』の一編「cut」。
映画監督の家に闖入者が入り込み、ピアニストである奥さんを動けないように拘束している。彼は監督の映画のエキストラ参加者。それを分からせるために、いきなりミュージカルが始まったりする。
で、見知らぬ子供を連れ込んで映画監督に「その子供を殺せ。さもないと奥さんの指を一本ずつ切断する」と宣言。悪夢のような短編。しかもブラックコメディ仕立て。
オムニバスってのは一本は大体ぬるいので、そこは日本の三池崇史があえて担ったような気がする。ラストは香港の監督による『餃子』。「ホラーで餃子」と書けばだいたい内容はわかると思います。
「復讐者」と「クムジャさん」に出演しているのがソン・ガンホという俳優で、とにかく殺人鬼から怪獣退治のお父さんまでいろんな役をやっている。韓流大好きおばさんにキャーキャー言われるようなイケメンではないが、この人が韓国映画を代表する顔なのだ。リスペクトをこめて「ソン様」と呼ぶ。

ソン様とパク監督が組んだ『渇き』(2009)。これは韓国産の吸血鬼映画。
牧師のソン様は公的な自殺に近い人体実験の献体に志願。五百人に一人の確率で生き残った彼は吸血鬼になってしまう。が、町では奇跡の神父として評判になり、祈ってくださいのリクエストが殺到。
昔馴染みのところに祈りに行ったところ、ソン様はその家の奥さんと出来てしまう。召使いのように使われていると感じる、倦怠の日々を送る奥さんの頼みで旦那を殺害。そのことを姑は知っているのだが、脳梗塞で倒れ、目だけしか意思表示の出来ない体になる。
「私も吸血鬼にして」との奥さんの頼みを飲むソン様。
このビフォー・アフターが最高で、吸血鬼になったことにより滅私奉公型だった奥さんが凶悪に変貌。
道すがら人を殺して血を吸う。ソン様が「自殺者の血を持ってきてやる」と言っても「素直にくれる血はおいしくない」。この辺からなんとも、変てこな方向に話が進んでいく。
奥さん役のキム・オクビンもバンパイヤになってからがさらに美しく、ブルーのワンピースでビルをぴょんぴょん飛んで逃げて行くシーンが大変かわいらしい。
仲間たちと麻雀の最中、姑のアイコンタクト(顔芸)で秘密が暴露されてしまい、そこから始まる大殺戮。
ちなみにソン様の「血を少しだけ吸って捨てるのは人命軽視じゃないか?」と言うセリフには笑ってしまった。もちろんギャグだから。
彼らはバンパイヤといえどケープをまとったり顔が青白かったりするわけではなく、しかも牙がない。
考えてみれば牙というのも優雅な凶器で、それを持たない二人は犠牲者の喉笛を切り裂いて血を吸う。
「バンパイヤ映画って意外と血が出ない」という定石をひっくり返しての全編血まみれ作品。
「官能ラブストーリー」という体で公開されていたようなので、うっかりだまされた韓流おばさんたちが最後まで鑑賞できたかどうか。はっはっはっ。
しかしバンパイヤというものは代々、ベラ・ルゴシにしてもクリストファー・リーにしても岸田森にしても淫靡な色気がなければいけない。その点、ソン様も一見普通だが「苦悩する男」のそこはかとない色気がある。
ラスト、二人は海岸の朝陽を浴びて朽ち果てる。クリストファー・リー伯爵は何度も何度もエグく殺されたが、『渇き』はバンパイヤ映画史に残る美しい名シーンで幕。
しかしゾンビにしてもバンパイヤにしても、そんな伝統は一切ないにもかかわらず、いきなりマックスに更新してしまうのが韓国映画のすごいところである。
ちなみに同じタイトルの日本映画はゴミなのでお間違いなきよう。


「ハピネス」でしあわせの意味を知ろう



ここまで底意地の悪い表現は久々に見た気がする。映画『ハピネス』(98)である。
かなり淡々としているので初見ではよくわからないかも知れない。二回観てああなるほどと思い、三回目にはどす黒い笑いがこみ上げてくる。レンタル店によってはコメディの棚に置かれているようなのだが、うっかり鑑賞すると大変なことになります。水道水に劇薬を混入させたような作品。
基本的には家族の話。両親と三姉妹。長女は精神科医の旦那と三児の母。次女は美人の流行作家。三女は普通のOLだが作曲家になりたいというひじょーにファジーな夢を持つ。
三女はおっさんの彼氏にレストランで別れを切り出す。いい感じにリードしていると感傷に浸っていたら、突如ぶち切れた彼氏から「僕はシャンパンだが君はクソだ!」と逆襲されてへこむ。いきなり最高ですね。
長女と次女はリア充なので三女を内心バカにしている。っていうかその気持ちがもろに言葉に出ちゃったりして。でも一見姉妹は仲がいい。
父親は母親にいきなり別居してくれと言い出している。で、結局、自分の女房とさほど変わらないようなおばさんと浮気。
次女に想いをよせるマンションの隣人がいる。が、コクることもままならないので、毎晩あちこちにイタズラ電話をかけては自家発電。この役を演じるフィリップ・シーモア・ホフマンの「すぐ近所にいるド変態」という雰囲気が最高。うおー名優じゃん、と思ったら数年前にドラッグでお亡くなりになっていたんですね。
フィリップに恋する同じマンションに住む太ったおばさん。この人の正体がとんでもない。
長女は「私が一番ハピネス!」と信じているのだが、実は精神科医の旦那はガチの少年愛の人なのであった。
11才の長男に「僕はまだイッたことがないんだ」と悩みを相談されると「パパがやって見せようか?」と答えてるあたりからどうかしてるんだけど、いよいよ歯止めが利かなくなり息子の同級生をレイプしてしまう。
この事件が明るみに出たあとの親子の対話が最悪(というか最高)。
長男が泣きながら「僕のことも犯したかった?」と聞くと父親は「オナニーで我慢する」と答える。
この辺のくだりが一部から「史上最低の映画」と呼ばれる所以なのだろう。正直、私は爆笑してしまいましたが。
今日の文章は大変下品な単語ばかりで申し分けないのですが、だってしょうがない、そういう内容なんだもん。ついでに映画史上に残る名ラストシーンのことも書く。
事件のあと、家族が集まって食事会を開いている。長男がベランダから下を覗くとビキニの若いお姉さんが日光浴。長男はたまらなくなって手すりに発射。せんずりからの手すり。申し訳ない!下品で!でも削除しな~い。なぜなら『ハピネス』に当てられたから。
それをペットの犬がペロペロ。そのまま飼い主の長女のところに行ってマウス・トゥ・マウス。「おお、クッキー(はぁと)」なんつってママンは喜んでいる(書くのも憚られることではありますが、犬との間接キスで息子のザーメンを飲んでる)。すっげえ悪意。本作のテーマはここに凝縮されていると言ってもいい。
レイプ場面が直接描かれていたりするわけじゃないが、何度も書いてしまうけど、監督トッド・ソロンズの悪意が半端じゃない。
ホラーだったら「全身の皮をはがされて無理矢理臨死体験させられる」とか「いい具合にでかいガラス板がトラックから飛んできて首チョンパ」とか「インディーズ宗教にはまったおっさんが夜な夜な女性を殺しては人体パーツをつゆだくでお持ち帰り」とか、要するにモロに「嘘」な分、罪がない気がする(ここで元ネタ当てクイズ。それぞれ何の作品でしょう?)。
描かないことで、つい「あるある~」とか思ってしまうのだ。

誰もが幸せを求めるが、誰も幸せにならない。あるいは「幸せだと思ってたら実は地獄でした」。
最後に長男が「僕、イケたよ」と微笑む。結局いちばん幸せなのは、精通の快感を知った彼だったりして。
映画のエンドロールでよくある手法が、登場人物たちのその後だ。「のち、結婚し、二児の母」とか。
ところが『ハピネス』はそんなに優しくない。ザックリとおしまい。どんな状況だろうと生きてる限り、勝手に人生は続いていくということなのだろう。
他にも細かくてブラックなギャグがあちこちにある。「幸せって何だっけ?」と思うたび、観返したくなる大大傑作である。

さてまだ終わらない。なぜこの作品に深い感動を覚えたかと言うと、自分の周りにあまりにも『ハピネス』的な人々が多かったからです。

■三十路過ぎて風俗にはまり親から車を買えと貰った三百万をすべて風俗にぶっこむ。お気に入りデリヘル嬢を指名して自分はホテルで全裸で待機。そしてギターを弾き自らの面妖なオリジナル曲を披露する(インストアライブ)。で、エッチは無し。
■彼がよく指名していた風俗嬢。演技経験ゼロにもかかわらずオーディションを突破し、シネコンでも上映された某作品に女優として出演。それ一本で映画界を去るがその後、あ、これ以上は角が立つので書けない。
■もともと「裏っぽい」人ではあったが(シャブで逮捕暦あり)、某マンガの影響で安定のドカチン稼業を捨てる。のちに家も仕事もなくなり何故か「西へ行きます・・・・」と自己完結して(彼の東京ラストナイトは旧すうさい堂でした)勝手に大阪の西成まで堕ちる。現在は消息不明。
■もともと古着のバイヤーだったが、海外での買い付けの際にドラッグを覚えてダメダメな感じで帰国。のちにバツイチ子持ちの同級生といい仲になり結婚の約束までするが謎の破綻(たぶんDV)。現在は消息不明。
■もとバンドマンのアダルトビデオショップ店長。パンキッシュなつくりのAVファンジンを発行し(自分も参加)好きなようにやっているように見えたが、突如店が閉店。書き手たちの原稿を受け取ったままドロンして消息不明。
■どぎついメイクとロリータファッションがイタすぎたアラフォーのメンヘル主婦。旦那は劇団俳優だったが現在は離婚。大変申し訳ないが「いろいろ耐えかねる」ため出禁とさせて頂きました。音楽もやっているので現在もあちこちのライブ会場に出没中。
■兄、妹がいる三兄弟の次男。この兄弟間ではまったく会話というものをせず、家族が揃ってもすべて両親を通して話をするのだという。数年前お兄さんが結婚。結婚式に妹さんは欠席。
彼は硬い仕事をしているが本質はサブカル。ある日行きつけの「極左書店」を覗くと皮ジャンのおっさんがいる。と思ったら自分の直属上司だった!上司はパンタや遠藤ミチロウのファンであり意気投合。
釣りバカ日誌における「浜ちゃんとスーさん」の関係に近いものを築いているらしい。

とりあえずこの辺で。おあとがよろしいようで。
(クイズのこたえ。『マーターズ』『オーメン』『血の祝祭日』)

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すうさい堂主人
性別:
男性
職業:
古本すうさい堂
自己紹介:



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