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すうさい堂の頭脳偵察~ふざけてません。

【すうさい堂最新情報/極私的ツイッタァ】 ■■ 火曜と水曜が定休です。※店主が大昔に描いた絵を売り始めました。

ピコ太郎



たった数ヶ月で世界的にブレイクしたピコ太郎というひと。
初見はまったく理解不能。が、世界中の人がニコニコとカバーしている動画を見ているうちに「これは一体どういうことなのか?(what does this mean?)」と、英語で考えているうちに「バカにしたもんでもない(I cant be a fool.)」という結論に至ったのであった。
というか、海外の人にとって実に新鮮なエンターテイナーなのかも知れない、と。
よく知らないのだが、欧米のコメディアンは言葉で風刺して笑わせるスタンダップ・コメディが多いような気がする。さらによく知らないのだが(すいません)、ジム・キャリーという人の顔芸にしても、ストーリーありきのものなのではないか。
ところがピコ太郎。無意味。すんげーくだらない。「アイハブアペン」は我々が最初に習う英語だけど、ネイティブの人がそんな言葉を日常会話で使うはずもなく、ここですでにズレが生じている。
「オッパッピー」とか「安心してください」とかの体を使った芸人さんもたくさんいますが、それらを見て世界の人が「自分もやりたい!」とはあんまり思いませんよね?
でも「PPAP」は、みんなが「これやりたい!」「やったら超たのしい!」といったノリで、ガキんちょのダンスからデスメタルのカバーまで動画に上がっている(ちなみに一番笑ったのが、クソ真面目なバラード・バージョン)。
ただ、どのダンサーも、動きのキレにしろ顔の表情にしろ、オリジナルのピコ太郎ほどの域には達していない。誰でも踊れるけど完コピは不可能。
そしてピコ太郎ファッション。我々には「ヤクザとテキヤと関西のおばちゃんのミックス」という感じなのだが、向こうの人にとっては「ソウルブラザー風な気もするがなんか・・・違う?」といった、実にストレンジでファニーなものに見えたのだろう。

で、思い出すのが志村けんである。この人は昔から「東村山音頭」や「ヒゲダンス」などに代表される、達者な音楽芸人。高い身体能力を使った芸風で、世代を問わず人気者のコメディアンである。
同じ白塗りならマリリン・マンソンより断然、バカ殿だ。
彼に該当する存在が海外ではあまり見られないのではないか。よく知らないのだが(すいません)、エディ・マーフィーとかミスター・ビーンなんかとも違う気がする。
最高傑作は「だいじょうぶだぁ」でお馴染みの「ウンジャラゲ」でしょうか。キレッキレである。脇を固める松本典子の元気さと石野陽子の虚無さも素晴らしい。
ひょっとしたらこれにいちばん近いのかな?と思ったわけである。
しかし、ピコ太郎は明らかにセミの命みたいな芸風。これが果たして本人が望んだブレイクの形なのか?という気もするけど、いま最も世界中を笑わせている頂点が日本人というのはすごいことだ、底抜けエアライン!

数ヶ月たって本文が何だか恥ずかしいものになっていたら削除します。おしまい。




↑これを見ても楽しくならない人は心が貧しいと本気で思っている。
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「ソドムの市」はなぜこれほど不快なのか?



鑑賞するためにはかなり重い腰を上げる必要がある一本、ピエル・パオロ・パゾリーニの『ソドムの市』(75)。
数年ぶりに観ましたが相変わらず不快です。「エロもグロも大好きだがスカトロはちょっといただけない」というのが前提であるとしても、やはりそれだけではない。
「このシーンは何とかのメタファーで」とかの解説は頭がいい人がやってくれるので任せるとして、感覚的に何が一番嫌なのかというと、あの「上から目線」にあると思う。本当に最悪なことしか描かれていないのに「これはアートである」といったような。
ナチス政権下のもと、「俺らの時代キターッ」と大統領・大司教・最高判事・公爵の四人のファシストが、厳選された美男美女で奴隷の集団を作り、ひたすらアホなことを繰り広げるというくだらん話である。
ポップコーンのようにポンポコ人が死ぬ映画は祭典よろしく大変結構だが、「ソドム」の奴隷たちは生かさず殺さず、日々バカファシストにつきあう形で悲惨な目に合う。
ファシストの中でも特に強烈な印象を残すのが「大統領」で、ぶっちゃけ内田裕也にそっくりであり、声も似ている。
この人の酷薄そうなニヤケ面は本当に嫌ったらしい。ちなみに彼は役者ではなく、ラテン語教師だそうだ(せ、せんせい!)。

「語り部女」なるものも登場。彼女たちは一同を集め、そこで自分が体験したエロ話を語り、場を盛り上げる役目のおばさんたち。興奮したカップル(男女とは限らない)は別室行きである。
このエロババアを演じる女優さんたちも芸達者で、長いセリフを滑らかに喋り、ベテランの風格を見せる。
しかし、なんでこんな作品に出演しているのだろう?と思わずにはいられない。奴隷たちも本当に美男美女ぞろいで、こんなしょうもない表現に参加することがプラスなのか?と。
「パゾリーニの頭の中にある狂った世界」を、全員が大真面目にサポートして作り上げた絢爛豪華な作品であり、それがもうこの上もなく不快な原因なのだと思う。
エンニオ・モリコーネのサントラも美しく、さらに映画は悪臭を放つ。
ここにユーモアはない。すぐに文学的な語彙でコーティングしてくるから、「うぜえ」のだ。
権力者たちが「大人の経験値」で、小学校の弱いものいじめみたいなことを延々と続けているから、不愉快さもマックスである。
大皿いっぱいの排泄物を全員で食べるシーン。「現代の飽食に対する風刺が込められているのだ~」とか思う以前に「お前らはアホですか」である。
おかげさまで「マンジャ」というイタリア語を聞くとソレしか思い浮かばなくなってしまった。イタメシを食べる習慣がなくて本当によかったです。

この作品よりも残酷さを売りにした映画は山のようにある。ただ『ソドムの市』が特殊なのは、インテリっぽさに色づけされた極悪非道な演出であり、それはラストに色濃く浮き出ている。
奴隷たちが醜い目にあっている。舌切り、眼球えぐり、焼きゴテ、頭皮剥ぎなど。
これが通常のホラーならばカメラも寄って「ぎゃー」なんつって、みる側も「わー」なんて盛り上がれるところだが、パゾリーニはとことん意地が悪いので、このシーンに「ファシストたちが望遠鏡で覗いている」という演出を施した。
もちろん声は聞こえない。望遠レンズ越しなので、ものすごく嫌な場面に遭遇してしまったような感覚を、観ている者すべてに与える。ファシストたちはそれを愉快そうに眺めている。果てしなく最悪だ。
四人のファシストは罰せられることなく映画は終わる。彼らは「楽しいこと」しかしていないばかりか、まだまだお楽しみは続きそうな按配。これに比べたら公には封印状態にあるジャンル・「ナチス残酷映画」の方が、ちゃんとナチ側がリベンジされるのではるかに良心的である。
パゾリーニ本人が「正視できる限界のものを作りたかった」と言っているので、以上のような感想は正しいのだと思う。
『ソドムの市』を完成させた直後、パーさんはボロ切れのように惨殺されてしまいまいしたとさ。


半身不随のポルノ親分



かの「巻き髪おじさん」が大統領に当選して以来、KKKが祝賀パレードを行ったり、反トランプのデモ隊が銃撃されたり、ゲイの人が襲撃されたりで、最悪なスパイラルが始まっている。
しかしあの「盛り髪(セットが大変だろうなあ)」は西原理恵子のマンガキャラみたい。
彼氏の高須先生はトランプ派なので(嫌がらせも含め)、最強の風刺漫画家でおられるサイバラさんにメタクソに描いて頂きたいものである。

風刺といえば、それを使って全力で国と戦ったラリー・フリントという人物がいる。
職業はエロ雑誌出版社の代表。彼の人生を追った伝記映画が『ラリー・フリント』(96)。
監督は『カッコーの巣の上で』『アマデウス』が有名なミロス・フォアマン。
ラリー(ウディ・ハレルソン)はもともとストリップ劇場を経営していたが、店のPR誌を作ろうと「プレイボーイ」をめくっているうちに、ソフトフォーカスのグラビアやエロと関係のない記事の羅列に腹が立ってくる。
「読者をなめんな!こんなもんで抜けるか!」と、大股開きがお満載の「ハスラー」を立ち上げ、これを大ヒットさせる。
当然社会からの風当たりも強く(特にキリスト教)、逮捕もされてしまうのだが、ラリーはめげないのであった。

この映画を観た人が必ず絶賛する名場面。
ラリーは釈放パーティーの壇上で、スライドを大写しにする。
まずヌード写真を見せ「これは、猥褻かもしれない」。次に戦争や強制収容所の写真を見せ「じゃあこれはどうだ?」
「神は男女を造り、おっぱいやヴァギナを造った。それを写真に撮ったり、戦争の写真を掲載したら犯罪だ。でも人々を戦地に送って殺している戦争はどうなんだ?どっちが忌まわしい?」
いろいろ中間もあるんじゃないの?という意見は言いっこなし。彼はきっと省略美学の人なのだ。

ある日、ラリーは銃撃されて下半身不随になってしまう。
彼にはストリップ時代に見初めた妻・アルシアがいた。演じるはコートニー・ラブ(カート・コバーンの素敵な奥さんとして有名)。この人は元ストリッパーでリアル・ジャンキーなので、演技経験はゼロなのに生々しくカッコいいのだった。
ラリーは負傷した痛みを和らげるために薬物依存になってしまい、アルシアも旦那につきあう形でヤク中一直線。やがて彼は手術を受け薬を抜くことが出来た(が、アルシアはそのまんま)。
そしてラリーは覚醒する。他人にまかせきりだった会社へ車椅子で赴き、受付嬢に向かって「変態が来たと伝えろ」。
ヘロヘロのアルシアも同行させ、「お前ら、女房とちゃんと、握手しろ」。

どこまでが映画的な演出かわからないけれど、半身不随になってからのラリーのメチャクチャなアグレッシブさには惚れ惚れする。
法廷にヘルメット着用で出向き(当たり前だが「それ取んなさい」と怒られる)、下半身はオムツ姿。しかも、そのオムツは星条旗。
「プラダを着た悪魔」というのがあったが、こっちは「オムツをつけた悪魔」である。
罰金を払えと言われれば、ゴミ袋を持ったバカっぽいねーちゃんを呼び寄せ、その中に詰まっている膨大な紙幣をまるでゴミのように法廷に撒き散らす。
金持ちの最高にカッコいい金の使いかたを見た気がする。

やがてラリーとハスラーは、最大の敵対者であるキリスト教福音派の大物・ファルエルを攻撃する(裁判所でラリーはファルエルを「ファックエル!」と呼んで強制退出)。
ファルエルが「私は母親とセックスしました」と告白するパロディ広告を誌面に掲載したのである。
もちろん告訴。両者の対決は「聖なる伝道師vs下劣なポルノ商人」といった様相を帯びてくる。
ラリー側には顧問弁護士(エドワード・ノートン)がいたが、ラリーの無軌道ぶりに呆れ果て、一度は袂を分かつ。が、説得されて現われた彼は、この裁判で最高のスピーチをする。
裁判官が「人格者であるファルエル氏を貶めバカにすることが何か公共の利益になるのですか?」と質問。弁護士はちょっと躊躇しながらも答える。「そうです」。
ここからが名場面。書いてしまうのは無粋というもの。DVDでご覧下さい。

この作品を観ても何も感じないケツ穴野郎は、母ちゃんとやったあと、ガラスの破片入りピザを食ってくたばれ。ファックオフ!
フリントとトランプ、忌まわしいのはどっちだ?

ひどい話コレクション



わ。トランプ当選。それまでトンチキな不動産屋みたいなイメージだったのですが、一夜明ければ米大統領。
優勢はマジだったんか、とちょっと驚く。なんでもレッドネックとかの最貧層からの支持をかき集めたらしい。
「はぁオラたちの王様だぁ~」ということらしい(らしい、らしいってすいません。実はあまり知らない)。
すでに「お前が大統領じゃヤだ」と、デモも起こっているという。まあ日本でもおんなじよーなのがいるからなあ。アベちゃんも少々やりにくかろうと思うとそこだけは面白い。
写真から「品格」とか「人格」がまったく見えてこないってのがすごい。柄にもなく「ゴッド・ブレス・アメリカ」とか思ってしまったわけだが、そういえばそんなタイトルの映画みたなー、よく考えたらひどい内容のばっかりみてるなー、とは思うものの、そこに何か教訓めいたものはあるはずなんである。ひどい話コレクション、いってみよーという備忘録。

『ゴッド・ブレス・アメリカ』(2012)。何から何まで類型的なのだが、狂っていて好き。
セクハラ容疑で会社をクビになり、脳にも腫瘍が見つかったおっさん。家族との復縁もままならない(ママにはイケメン彼氏が出来て娘は超ワガママに育ちました)。
絶望して自殺しようとするがテレビをつけると低俗なバカばっかり。ん?自分が死ぬよりこいつらぶっ殺したほうがよくね?と、まずタレント気取りのセレブ一家を皆殺し。
それを見ていた「世の中ムカつく!あたしも人を殺したい!」と思っている女子高生(アリス・クーパーのファン)に懐かれ、二人の殺人行脚が始まるという、ほぼファンタジーのようなお話。
テレビでバカにされている知的障害者を笑う奴らに天誅を下そうと、銃を持ってスタジオに乱入するが、その障害者もスターのつもりになっているのを見て悲しくなり、彼も込み込みで殺戮を開始。
おっさんは加勢に来た女子高生もろとも射殺されてしまうが、最後に来て「人生やり切った」感じで終わるのが大変よい。ネタバレもしてしまったことだし、不謹慎ながらも書いてしまうと「終わりよければすべて良し」である。



『ファーゴ』(96)。コーエン兄弟の作品。妻を人質に狂言誘拐を企んだ男が、あまりにも仕事が雑なチンピラたちと組んだため、話がどんどんヒドい方向に転がっていく。チンケな悪党をやらせるとスティーブ・ブシェミはその風貌が生きて光り輝く。素敵ブシェミ。ミステリ仕立てなので詳細はカット。
教訓としては「仕事する相手は選んだほうがいい」ということ。



『ネスト』(2014)。フランス・スペイン合作。姉と妹が二人で暮らしている。妹はごく普通に明るく育ち彼氏もいるが、姉はドアの外に出ると嘔吐してしまうくらいの引きこもり。
ある日、上に住むイケメンの住人が階段から転倒して怪我を負い、たまたま居合わせた姉に救援を頼む。
引きこもりだったおねーさん、「この人は天からの授かりものだわ!」と、イケメンを部屋で介護し、そのまま監禁することに決定。
その後、妹、イケメン、イケメンの婚約者などすべてに最悪なことが起こる。特に妹に降りかかる最悪っぷりはヒドすぎるので笑うしかないのだった。
この作品は現在引きこもりの人がショック療法として鑑賞すると良いかも知れない。
「それやってても、いいことはひとつもないよ」ということ。



『エスター』(2009)。子供を流産させてしまった夫婦が、代わりにとロシアで育った9才の少女・エスターを養子にするが、その子はトンデモマジキチだった!
レンタルでDVDを手に取っていたら横のカップルが「エスターって(ネタバレ)なんだよねー」とくっちゃべっておられ、自分はマンガのようにズッ!となってしまったんだが、なるべくミステリ棚で会話する際には気を使って頂きたい。
しかしこの作品、アウトラインが楳図かずおの『洗礼』にそっくり。母親や兄妹(妹は聾唖)は「あの子はおかしい」と早々に気付くが、父親だけは「そんなことない!エスターはいい子だ!」と、のんきな父さんなので、物語りはどんどん悲惨な方向へ。後半、父親に対して色じかけで迫るエスター。こんなシーンも『洗礼』にありました。
そもそも「流産したから代わりの子がほしい」という考えが実は鬼畜なのだ。チャージじゃないっつーの。
結果、「鬼が来た」というわけ。エスター役の女子が壮絶で、最もゾクリとした一本。



『アフター・ショック』(2012)。イーライ・ロスの制作・脚本・主演作。
彼の作品はホステル・シリーズなどもそうだが、「絵葉書映画」の側面もある。前半ははしゃぐ旅行者たちと共に、その土地の風景を実に美しく見せる。
登場人物はやや羽目を外しているが基本的にいい奴ばかり。だが、一転して後半、彼らは一人残らずヒドい目に合うのである。
この作品でいえばチリの大震災及び、ドサクサで「刑務所から凶悪犯罪者たちが脱走する」という二次災害。
普通の奴、いい奴、美人やイケメンも同じように、残酷な運命が待っている。「どんな人でも平等に恐ろしいことは起こる、かも知れないよ」というのがロスが作る恐怖の基本。
デビュー作『キャビン・フィーバー』(2002)も、山小屋キャンプを楽しもうとした若者たちの行く先が伝染病に侵された町であった!と。
伝染病というと、感染者は凶暴になって人を襲ったりするのかなと思うが、この作品では感染すると体がどんどん腐敗するのみなので、彼らは友達や恋人を見切って「えんがちょきった」する話でした。



『ハードキャンディ』(2006)。『スーパー!』の狂ったヒロイン・ボルティを演じたエレン・ペイジが主演ということで、鑑賞したわけです。出会い系サイトで繋がったカメラマンのジェフ(パトリック・ウィルソン)と「14才のヘイリー」(エレン・ペイジ)。
最初はダンディだったジェフが、部屋に招き入れた途端に豹変していくヘイリーに詰問されて、本性が暴かれていく。どうやら彼はロリコンらしい。
ジェフはヘイリーの友達に、なにかとんでもないことをしていた(らしい)。この辺、作中ではハッキリと描かれないのだが、ヘイリーはその敵討ちをするため、出会い系で彼を「ひっかけた」。
ジェフを拘束したヘイリーは、見よう見まね聞きかじりでタマを抜く「去勢手術」を施行してしまうのである。
この辺になるとカッコいいおじ様だったジェフが泣き叫んで懇願し、普通の情けない親父と化す。
非常に面白い。ってあれ、また女の子の味方してるな。
ヘイリーがジェフを追い詰める会話で「私がマイナーなバンドの話をすると、あなたは必ずチャットの間が空く。その返事はアマゾン・ドットコムのコメントと同じだった」というのがある。
痛快だが、ネットやウィキペディアなどに頼り勝ちだと、ついやってしまいそうなリアル感。
「自分の頭で考える」というのは大事だ。そうじゃないと、陰でものすごくバカにされてるのかもしれないよ。



ということで結局、こうした作品の楽しみ方は「対岸の火事って面白いじゃん」ってことになってしまうのだが。
「あんた、暗くてグロくて後味悪くてくっだらない映画より、アイドルやかわい子ちゃんを見てるほうがよっぽど楽しいと思わないか?」とか言われそうだが、割りと自分はえーっと、暗くてグロくて後味悪くてくっだらない映画を見てるほうが楽しいです。
アイドルやかわい子ちゃんは「対岸の火事ですらない」からです。

がんばれ欅坂



ハロウィン終了。うちのまわりも仮装親子の行列がなかなか賑やかであった。
ハロウィンは嫌いではない。まるで興味がない神さんキリストさんを讃えるクリスマスと違い、悪魔やモンスターやコミックキャラと一体化して楽しんでしまおうという、どっちかというとけしからん方向に着地するお祭りだから。真面目な日本に定着したのも少し不思議。
最近はそうでもないけど、かつては「クリスマスイブを楽しめない奴は終わってる」という圧力がとても強かった。それに対してハロウィンは、アンチからは「バカみたい。くっだらない」とバカにされているのだろうが、やってる側は「バカを承知」でやってるので、別に関係ない。非常にバランスがいい。
どちらも本来の日本に関係ないことを全力で騒いでいる。ならばハロウィンの突き抜けたバカバカしさのほうが、よっぽど清々しい。

今年のハロウィンの話題といえば欅坂46。実は今回の件で初めて知ったグループ。
ああやっちゃったねという印象。ナチス風の衣装。というか、もろナチ。ユダヤ人協会からクレームがつき、大炎上。
で、自分は画像を見て「ナチでもかわいい子はかわいい」なぞと思ってしまい、さらに禍々しいものをまとっているというギャップで「かわいさ二倍マシマシ!」などと困った感じに盛り上がって、動画を検索した。
『サイレントマジョリティー』。か、かっこいい。かっこかわいい。誰一人ニコリともしない。笑顔を売りにしない。特にフロントの女の子の凛とした存在感。軍隊のように統制されたダンス。見ようによっては非常に際どい。
で、歌詞をちゃんと聴けばわかることだがナチズムやファシズムとは真逆のことを歌っているのである。このバランスは絶対に計算されたものだ。
その辺もちゃんと汲んで欲しいですよねホントーに!
岡惚れである。この件で方向転換とかしてしまったら非常にもったいない。
アイドルグループの「隣の女の子」化が著しい昨今。同級生や同僚あるいはそれ以下。ちょっと近づきすぎじゃないか?と思っていたところへの欅坂。ほぼ爆弾。
というわけで弁護したくなってしまった。ユダヤ協会が怒るのは当然としても、ハロウィンから発生した件だし書いてしまうのだけど、日本人にとってナチスとは悪魔やモンスターと同列の、(困ったことに)親しみを感じるアイコンなんである。
かつて子供番組の敵キャラは明らかにナチをモデルにしたものが多く、実は仮面ライダーよりもショッカー派だった自分が特に好きだったのが、もろナチの「ゾル大佐」であった(彼の正体が狼男ってのもカッコよかった)。
当時はもちろんナチもヒトラーも知らないが、そうやってDNAに沁み込んでいった気がする。
イナズマンの「ガイゼル総統」(総統!)なんてさらにエグくもナチだが、その頃はなんとなく容認されていたわけだ。好きでした・・・・。
海外の残虐なシリアルキラーを、日本人からすれば例えばドラキュラのような、ダークファンタジーのように感じてしまう部分に近いのだと思う。
もちろんナチが行ったことは、最悪の蛮行である。

実はアーバンギャルドもまったく同じようなことをやっていて、キノコホテルもジャケが『愛の嵐』だったり、マリアンヌ様がブックレットでナチ帽子を被っていたりで、ちょいちょい皆さん「やりたがる」。
ただ悲しいかな存在がマイナーゆえ、あまり(まったく)大事にならない。
確かにナチ親衛隊の稲妻のような「SSマーク」はカッコいいし、制服はどこまでも洗練されている。日本の軍服なんて「反吐が出るわ」くらいしか思わないのだが。
ナチ・コレクターとしてはモーターヘッドの故・レミーさんが有名。彼の言い分がイカしていて「俺はドイツ軍のグッズが好きだが、それはデザインをいいと思っているだけだ。俺は黒人の恋人がいたこともある。だから俺は差別主義者じゃない」というもの。ザックリと清々しい。

とりあえずボスのプロデューサーも謝罪コメントを出したし、「今回はごめんなさい」で済む話。
「うっかり(本音の)差別発言」なら、社会的名士と言われている立派な方々がしょっちゅうやらかしている。
「彼女たちは自分のやっていることをまるで理解していない。嘆かわしい」と言うのならば、完全にアイドル側に罪はない。ただ着ただけだ。
学校の授業で触れただろうけど、そこだけつっこんで勉強する必要はまったくないですよね。
ま、兎にも角にも世間から注目が集まった。もちろん炎上商法?という気がしなくもない。
しかし、何かやらかして世界中から顰蹙を買うなんてのは、本来ロックンロールの役割だったはずだが、今回は日本のアイドルにお株を取られてしまった。
という意味では大変情けない話でもある。数十年前にジョン・ライドンが放った「ロックは死んだ」発言がますますリアル。
だが「アイドルは生きてる」。「今」だ!


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プロフィール

HN:
すうさい堂主人
性別:
男性
職業:
古本すうさい堂
自己紹介:
自称「吉祥寺の盲腸」、すうさい堂のだらだらした日常の綴り。
本を読むという行為は隠微なこと、悪いことを覚えるためのモノ。

180-0004
武蔵野市吉祥寺本町1-28-3 
ジャルダン吉祥寺103

0422-22-1813

【営業時間】
月・木・金・土・日・祝日/13時~20時
【定休日】
火曜・水耀

東京都公安委員会許可304420105129号

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